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―― 彼女の笑う顔が好きだ。
―― 彼女の喜ぶ顔が好きだ。
―― 彼女の怒る顔が好きだ。
―― 彼女の泣き顔が好きだ。

―― 彼女の苦しむ顔が好きだ。
―― 彼女が足掻く姿が好きだ。
―― 彼女の屈辱に満ちた顔が好きだ。
―― 彼女が死に瀕した顔が好きだ。

彼、折原臨也は、彼女が好きだ。

―― 彼女が好きだ。

どうしようもなく、なまえが好きなのだ。

―― 君を愛していいのは俺だけだ。

折原臨也は人類全てを愛している。

―― だから俺は君に何をしたっていいんだ。

常軌を逸したその愛を、更に逸して、折原臨也は彼女を愛している。







「か……ぁ……っぐ、ぇ……」

「ああ、なまえ、その顔すごくいいよ。もっとよく見せて」

「……っい、ァ   あ…ッ」


締め上げられた喉で、酸素を求めようと魚のように開閉された口唇で、彼女は臨也の名を呼ぼうとした。
無論声にならず終わったものの、それだけで臨也の背筋を何かが駆けのぼる。快感だ。
口元を歪ませた彼は、彼女の首を締め付ける両手の力を少しずつ強くしていく。
涙を零す虚ろな瞳に口の端から唾液を垂らす、女。普段はそれなりに見目麗しく、気の強い彼女が、苦しんでいる。
そうさせているのが自分だと実感するだけで、臨也は、えも云えぬ快感に包まれていった。

異常。

それは臨也も十分理解している。何にしろ自分のことだ。
彼は決して自分を正常なだどと思っていない。

にたにたと笑みを浮かべる臨也は、満足したのか手を離す。彼女は崩れ落ちた。
いや、満足などしていない。ただこのまま続ければ彼女は窒息死、臨也は絞殺犯。
そんなことになればもう二度とこの愉しみを得ることが出来ないのだ、それは明らかな、マイナス。


「が、ぁ、っふ……うぐ…っげほ、ゴホっ」

「ふふ、苦しいのかいなまえ。ごめんね、でも俺は君が苦しむ顔が好きなんだ」


謝りながら、彼はなまえの涙と汗に濡れた頬をそっと撫でる。
先刻まで彼女を死に追いやる行為をしていたにも関わらず、その手つきは酷く優しかった。
意識も朦朧とした女の双眸は、臨也を真っ直ぐにねめつけた。
そんな彼女の憎しみしか浮かばない表情を見て、臨也の笑みは更に深いものになる。


「嘘じゃないよ、俺は君が好き。俺は人類すべてを愛しているけど、君はその中でも特別なんだ。あ、特別っていうのはちょっと陳腐な言い回しかな」

「ばか、じゃない…げほっ、ぅ……狂ってるよ、いざや……」

「うん知ってる。それは俺もなまえもよく分かってることじゃないか、ははは」


頬を撫でる手の温かさを感じながら、なまえは混濁する意識を繋ぎとめることができずに目を閉じる。暗転。
愛おしげに暫く彼女に触れてから、臨也は唇を近付け、その頬、鼻頭、額、唇と、啄むような口付けを落とした。


「おやすみ、俺の愛しい子。明日は君を喜ばせてあげるよ、だからいい夢が見れますように」


恋人にそうするかのように、甘く囁かれた砂糖よりも甘く甘く甘ったるい言の葉。
夢の世界へ落ちた彼女がそれを聞いたら、喜ぶだろうか、それとも鼻先で笑い飛ばすだろうか。

力無く横たわるなまえの頭部をそっと自身の膝の上に乗せ、臨也は鼻歌を歌いながら明日のことについて考え始めた。




折原臨也曰く。

―― 彼女の笑う顔が好きだ。
―― 彼女の喜ぶ顔が好きだ。
―― 彼女の怒る顔が好きだ。
―― 彼女の泣き顔が好きだ。

―― 彼女の苦しむ顔が好きだ。
―― 彼女が足掻く姿が好きだ。
―― 彼女の屈辱に満ちた顔が好きだ。
―― 彼女が死に瀕した顔が好きだ。


―― 彼女が好きだ。


―― 君を愛していいのは俺だけだ。


―― だから俺は君に何をしたっていいんだ。



―― だって、君も俺が好きなんだろう!







fin.
10.10.28.
幸恵様へ


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