首無し死体の鼓動


リボーンと骸(現代)


「何やってんだおめー」
 気分転換に並盛の町を散歩していた。
 商店街でお気に入りのエスプレッソを買ってすれ違う日本人たちを見ながら賑やかな道を歩いていると、珍しい人物に会った。
「おや、アルコバレーノ」
 しかもその人物は、膨大な力を消費してしまうというのに憑依した少女の身体に己の身体を具現化させていた。
「クフフ、まあ、ちょっとした散歩と言っておきましょうか」
「わざわざ自分を実現化させてか。まさか、また何か企んでるじゃねーだろーな?」
 ニヒルに笑って問うと、骸は肩をすくめて「さて?」ととぼけて見せる。
 食えないやつだ、と思いつつ黒衣の赤ん坊はこの教え子とひとつしか歳の違わない少年の見た目とちぐはぐな老成した性格を気に入っていた。
 高い位置にある彼の顔を見上げると、本心のまるで見えない微笑が自らを見下ろしていた。見ようによっては嘲笑にも見える。マフィア界最強の赤ん坊にそんな小馬鹿にしたような顔を向けるとは、まったく教え子の守護者は本当に皆おもしろい奴らばかりだ。
「お前が一体何考えてんのか知らねーが、まあ何かよからぬことをやらかそうってんなら俺の生徒が相手になるからな。覚悟はしておけよ」
 そう言ってやると「クハハハっ」と愉快そうに笑われた。
「それはそれは。ではそのうち、何かそれなりのものを画策して仕掛けて差し上げますよ」
「ああ、とびきりおもしれーのを頼むぞ」
 平和な町の真ん中で交わされた、暗い約束事。



山本と骸(現代)


 私服姿だったが、あの髪型をしているやつは他にいない。思わず、あれ、骸じゃんと口走ってしまった。
 振り返った男は、まあやっぱり骸だった。リング争奪戦の霧戦のときにまともに顔を見た程度だが、色違いの目玉とか変な髪型とか顔立ちとか、印象が強くて最近授業に出た数学の数式よりも濃く記憶に残っている。
「おや、山本武……」
「よっ、なあお前って黒曜にいるんじゃなかったっけ? なんで並盛にいんだ? 買い物?」
 近寄って、ツナたちと話すときと同じ声と口調で話しかけると骸は眉を寄せて俺をじっと見た。何でかな、不愉快そうに見えた。不愉快そうな顔のまま骸は口角を上げ、「君は」と口を開いた。
「君は、馬鹿ですよね」
「えっ? アッハハ、なんだよ、なんでいきなりそんな毒舌なんだよ」
 まさか二言目に馬鹿呼ばわりされるとは。俺は本気でおかしくって笑ってしまった。骸はますます眉間に作った皺の数を増やした。
「僕は以前、君やボンゴレ、並盛の生徒たちを襲った事件の首謀者だというのに……よくもまあそう親しげに振る舞える。クフフ、こんなの馬鹿以外にありえない」
「骸って手厳しいのなー。でもほら、お前この前のリング戦のとき俺たちのチームに入って戦ってくれたろ? 霧戦、俺いただろ。見てたんだぜお前の戦い。お前すっげーよ!」
 両手を広げて俺は思ったことを打ち明ける。
 本当にあのとき俺は骸をすごいと思った。ヴァリアーにいたあの赤ん坊はツナんところの坊主と同じ最強の赤ん坊とかで、幻術の達人だったと聞いた。そんなやつをあっさり倒してしまった骸はすごいやつだ。俺やツナたちとそう歳は変わらないはずなのに。
 真っ直ぐ正面から見た骸の顔は、あれ、んーと? なんて言って表せばいいだろう。両目を見開いて俺を凝視していたが、眉間の皺は消えてない、唇がかすかに開いて、驚き? いや怒ってる?
 これほど複雑な表情をした人間を前にしたことがなかったから戸惑った。何か言いたくてもうまく言えなくて、でも骸とのあいだの空気が沈黙で埋もれるのは防ぎたくてとりあえず「あー……」なんて呻くような変な声を出してみた。
 俺の変な声で我に返ったのか、骸はハッとしたように下を向いた。風に煽られた髪が顔を隠してしまったから、骸が一体どんな表情をしているのか見えない。
「や、っぱり君は馬鹿だ」
 風が止んだとき、ひきつれたような声で骸は言った。骸のそんな声、初めて聞いたから俺はさっき以上に何も言えなくなった。
「大馬鹿だ……」
 ゆっくりと上げられた顔は、怒ってるようだった。睨むような目で俺を見ている。
「時間の無駄でした。さようなら」
 踵を返してすたすたと大股で去っていく。
 後々このことをツナや獄寺に話して、何だかよくわからなかったが骸は照れていたようだったと言うと眼科に行けと言われた。



クロームと骸(現代)
※骸とクロームが分裂


 私はいつもどおりお夕飯の用意をしていた。
 そうしたら、
「クローム」
 思わず野菜と包丁を落としかけた。
 出入り口のほうを見ると、骸様が立っていた。私は高鳴る鼓動をかき消すみたいに「はいっ!」なんてやけに威勢よく返事をした。
「作業は順調ですか?」
「はい……」
 この廃墟だった建物にシステムキッチンなんて代物などあるわけがないので、料理をするとなると電気さえ流せば使えるコンロと壊れて使えない水道の代わりにコンビニで買い占めてきた飲料水を使用したりとちょっとした工夫をしなければならない。とは言っても、電気の存在しなかった時代でも大昔の人たちは調理という概念を持っていたのだから、ご飯を作ることはべつに不可能ではない。
「いつもすみません、クローム」
「いえ……」
 室内に入ってきた骸様は、床に座り込んでジャガイモの皮を向く私のそばまで寄ってくると片膝をついてじっと私の手元を覗き込んだ。私は骸様は何かの用事で部屋の前を通りかかったからそのついでにここに顔を出したのだと思っていたけれど、そうではなかったようだ。最初から私の作業を見るのが目的だったらしい。
 私は下を向く。骸様と部屋でふたりきり、というこの状況に緊張して固くなってしまう。こんなときに限ってしょっちゅう調理中にちょっかいを出してくる犬が現れない。
「人が」
 骸様が口を開いた。
「人が握る刃は、誰かを傷つける武器でしかありえないと思っていた」
 えっ、と私は手を止めて骸様を見た。目が合うと、彼はふっと笑う。
「そう僕は思っていたのですが……クフフフ、違うのですね」
 白くて骨ばった手が自分の顔に伸ばされるのを、私は瞬きもせず見ていた。いつのまにか細い指先が私の頬を撫でている。
「包丁もナイフも、人ではなく食物を切るものなのだと僕は日本に来るまで知らなかった。クローム、お前はいつ知りましたか?」
 肌に感じる彼の指は冷たかった。それがまるで彼は私とは違う生き物なのだと知らしめるかのようで、胸が、痛くなる。
「……覚えてません……」
 彼の知らない平和な世界で生きてきた自分を隠そうと、私は掠れた声でそう答えた。



了平と骸(10年後)


 同盟ファミリーが最近怪しい動きばかりを繰り返していた新参ファミリーに襲われた。
 その救出にボンゴレの幹部兼守護者である笹川了平と骸が多くの部下を連れて向かうこととなった。
 了平の部下が運転するリムジンの中、彼らのボスに手渡された資料の束を読み終えた骸はハッと背もたれに寄りかかった。
「またいつもどおり……殺害は厳禁、ですか」
 呆れる骸に向かいの了平は「沢田は死人が出るのを嫌うからな」と笑った。
「まあ、いいじゃないか。べつに、できないことではないのだから。それとも六道、貴様はできんのか? 死者を出さずに任務を遂行させることが」
「クハハっ、馬鹿にしないでください」
 まあ確かに、単純に殺すよりも死なない程度のぎりぎりの攻撃をして生かすことのほうが数倍難しい。が、骸の能力はそれを不可能とするほど低くはない。
「あのねぇ笹川了平? 可能か不可能か、という問題ではないのですよ」
 組んだ腕をほどき、軽やかに人差し指を振って骸は言った。
「僕はね、こうやってこちらを敵視しているとわかっている人間を生かす彼の甘ったるい考えに呆れているのです。危険な芽は摘む、この世界の常識だというのに彼はそれを躊躇う」
 了平は、おおなるほどなと納得したように頷いてみせた。
 それからしばらく考える仕草をした。
「……うむ。お前の言っていることは間違いではないな。沢田は甘い」
 だがな、と続ける。その視線はかつてボクシングバカと命名され、そのとおり生きていた人間とは思えぬほど強く凛としていた。
「奴の甘さは、優しさでもある」
「クフフっ、この裏切りと殺し合いが当たり前の世界で優しいなんて感情がどれほど通用するか……」
「あの男が持つ優しさは世界を変える」
 骸の息が一瞬止まった。
 その数秒後、骸は身体を前に倒すようにして大笑いした。
 世界を変えるだと? この真っ昼間から何と大それた冗談を言うのだこの男は。
 涙さえ滲むほど笑っていた骸の視界に映った了平は真剣な顔をしていた。
 沢田綱吉は頭がおかしいのだ。髪をかき上げながら骸は思う。
 だから自分以外の守護者たちも、みんな気が違ってしまったような奴らばかりなのだ。
 窓の外を見る。これから向かう先で凄まじい争いが起きているとは思えないほど鮮やかな青空が今日も世界を見下ろしていた。



20140310


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