君のために死にたかった
生の終わりに見るには、満点に広がる青はあまりに清々しくて泣きそうになった。 自分はいま、背を大地につけて身体の前面を完全に青空に向けている体勢にあった。やむをえない。片足は折れているし、腕に至っては両方ダメになってしまった。 風が前髪を右へと流す。秋分らしい冷たく乾燥した風である。木々の一時的な死のにおいを含んだ秋の風は存外嫌いではない。今まさに生から死へと変換されていく感覚をじわじわと体感している現在ならばなおさら、悪くない。 鼻の穴をふくらませて吸い込む。ああ落ち着く香りだ――そう思って安心して、すぐにやってくるのは肺に突き刺さったあばら骨の痛みである。手足同様こちらも折れているのだ。咳き込むと鉄くさいものが喉をせり上がってきて、喉元の筋肉の揺れに従って口を大きく開くと赤黒い液体が飛び出した。 高潔な死のにおいは薄汚い血のにおいで台無しになってしまった。 「山本武」 どこからかそんな声がした。霞み始めている目をぎょろぎょろと動かしてはみたが、誰もいない。幻聴だろうか。だとしたら、私の意識はそろそろ限界が近いのかもしれない。 「クローム髑髏。お前はいったいいつ」 呼ばれた気がした。 なあに、と答えようとして、ふと思いとどまる。よく考えてみれば、自分はくろーむどくろなどという奇怪な名を持った覚えはない。 目を閉じる。もはや目ざわりになってきた青空の光景を遮断する。視界が機能しなくなると不思議と心臓の鼓動が明確に聞こえる。自分は死にかけているはずなのに、ゆったりとしたのん気なビートだ。 死など怖くないとでも? 自分に問いかける。 いや、そうだ。死など怖いものか。死より恐ろしいものなど世界には山のようにあるのだ。そもそも最も恐ろしいものは何かといえば、死と相対する生ではないか。 「骸。六道、骸……」 また呼びかけられたような気がする。けれど、そんな不吉な名を持った覚えはない。 ろくどうむくろ。 六道骸……――骸、さま? どうして、様とつけるのだろう。それほど偉い人なのだろうか。 ――ああ、寒い。 ここは少々、いやとても冷える。陽光は徐々に弱まっていっている。西へ向かって沈まんとしている太陽がまばゆすぎてまぶた越しに眼球が絶妙な熱で刺激される。 寒い。 「――ああ、そうか。君は雲雀恭弥か!」 聞き覚えのある名ではあるが、どうして自分と彼を間違えるのだろう。どこにも共通点などないではないか。自分はそんな名前ではない。 ひばりきょうや。 ああ――でも、ほんの少しだけ、似ているかもしれない。 雲雀恭弥。ひばりきょうや。 わたしは、彼のように横暴でも乱暴でもない。人嫌いでもない。 姿形はほぼ同じかもしれないが、中身はちがうのだ。 「……わかったよ、沢田綱吉な」 「やめて」 思わず反射で否定した。 ちがう。 寒さに凍える。 「沢田綱吉は、ダメ」 奥歯をカチカチ鳴らしながら、言う。 「へえ。なぜ?」 「彼は」 本来わたしがやるべきことをやり命を落としたのです。 そう、枯れた声で言うべき言葉を口にした。 ――それにしてもどうにも、寒い。 血液は半分近く失われている気がする。死はもう目の前だ。 ああ、ああ――――。
「君のために死にたかった」
(彼の人の役に立てただろうか)
掲載日20150124
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