どんな世界でも生きていけるあなたへ
雲雀と嫌われ綱吉
広い屋上の中でボロきれのように横たわる姿を見つけた。 仰向けになって全身で空を仰ぐ彼は、雲雀がやってきたことにも気づいていないのか、ゆっくりと瞬いて琥珀の瞳に曇り空を映し込んでいる。 「君は、馬鹿だね?」 扉の横の壁に背中を任せ、腕を組んでそう言い放った。コンクリートの上の頭が静かに傾いて、暗い眼差しがこちらを向いた。 「どうして、ここに」 「僕がここにいるのは不思議かい?ここは、僕の学校なんだけど」 ああ、そうでしたね、と答えた声は掠れていた。 投げ出されていた腕が持ち上がったかと思うと、傷だらけの顔を汚い制服の袖で拭った。大して意味はない。汚れを汚れで拭き取れるはずがなく、彼の顔は相変わらず血と砂ぼこりがついたままだ。 「すみません」 あなたの学校を汚してしまって。 身体を起こし、どうにか立ち上がった沢田綱吉は濁った空を背景にニッコリと雲雀に笑いかけた。 「もう、終わらせますから」 その翌日、彼は北山で遺体として発見された。 奇しくもそこは雲雀の実家の近所だった。発見者は、雲雀家で働く家政婦だった。 丁重に運ばれていく、大きな布で覆われた担架を眺める雲雀の胸中を占めたのは実に苦々しく不快な感情で、彼の眉間からしばらく皺が消えることはなかった。 助けてと手を伸ばしたなら取ってやったのに、なんて。 (心を追うように死んだ身体)
雲雀と綱吉(CP臭漂う) ※文チャログ
甘い洋菓子は好きじゃない。もっと正直に言うと嫌いだ。ぬるっとした生クリームは気持ち悪いし、チョコレートのあの目眩がするような甘ったるさが舌に絡みつくのは実に不快だった。 雲雀恭弥は、だから糖分を摂りたいときは決まって和菓子を食した。羊羹やあんこの深みのある程良い甘さが好きだった。自分にとっての甘味は、それらだけで十分だった。 「あの、雲雀さん」 そう、十分だったのだ。 「これ、全然大したものじゃないんですが」 そっと差し出されたケーキ屋の小さな箱。唐突だったから、思わず受け取ってしまった。 なに、これ。呟きに近い問いかけをした。 「え? あ、いや……今日お誕生日だってリボーンから聞いたんで……すみません、金ないんでショート1個だけで……」 どうしてかの赤ん坊が自分の誕生日を知っているかはこの際置いておこう。「いらないよ、こんなの」そう押し返してやろうと思った。 の、に。 「お誕生日おめでとうございます、雲雀さん」 そんなホールケーキ1個分みたいな笑顔を向けられたら、胸焼けで何も言えなくなってしまうだろう!
了平と山本 ※文チャログ
笹川了平は雲雀恭弥との初対面での出会いがどんなものだったのか、すでにきれいさっぱり忘れてしまっていた。自分から声をかけたのか向こうから声をかけてきたのか――まあ、べつにそんなことはどうでもよいのだ。そんなことが言いたいわけではない。 「なぁ、山本」 「はい、何ッスか?」 「雲雀という男は、なぜああも人を素直に思いやることができんのだろうか」 了平は知っている。雲雀は、悪人ではないということを。 突然人を容赦なく殴ることは確かに頂けない。しかも自分勝手でわがままで、一体何を考えているのか想像すらできないような男だ。 しかしそれでも、残酷な人間ではないのだ決して。 「あいつは、いい男だ。いい人間だ」 けれど。 「だがな、信じられないくらい人の心をきちんと理解できないんだ」 誰もが抱く寂しいという感情も、哀しいという気持ちも、孤独からの解放を願う心も雲雀には理解しがたいらしく、「馬鹿じゃないの」の一言でくじいてしまう。それがどれほど人を傷つけるのかさえ、彼はわからないし理解しようともしない。 「あれじゃないッスか」 ふいに山本が言った。 「あいつ、きっといままで身体と頭脳ばかり成長して、心だけ、成長が遅れてるのかもしれません」 ――なるほど、と思った。なるほど、雲雀は心だけ、普通の人間より大分成長の速度が遅れているのかもしれない。それなら納得だ。 それなら、仕方がない。
雲雀と馴れ馴れしい綱吉(会話文)
くもすずめさん、と読んだら紙をひったくられ、ぺしっとはたかれた。 「ちょ、いきなり何ですか」 「それは僕が言いたい。誰が『くもすずめ』だって?」 「だってこの漢字」 「ひばりって読むんだよこれは。大体君、僕の名前知ってるでしょ? この紙に名前を漢字で書いてみてくれって言ったのはどこの誰だと思ってるの?」 「……これでひばりって読むんだ……うっへぇ〜」 「……なに」 「いやだって……、……なんていうか、日本語って難しいですね」 「……」
記憶喪失な雲雀と馴れ馴れしい綱吉
あなたに向かって言うせりふに『さよなら』は似合わないと思うんですけど。 「ああそう。だったら言わなければいいんじゃない?」 どうでもよさそうにあなたはそう言う。俺は笑った。 自分の名前以外すべての記憶を失くした雲に雀と書いてひばりというらしいこの学生服の人は行く宛もないのにどこかへ向かおうとする。俺は心配でそのあとを追い、かれこれ五十回以上は雲雀さんについてくるなとどやされている。 「いやぁ、でも記憶喪失の人にそこらへん歩かせるのこわいですし」 「余計なお世話だよ」 雲雀さんはイラついているご様子だった。こんなクソ暑い天気の下いらいらして、この人そのうちばてて倒れてしまうんじゃないか。ああ、やっぱり心配だ。 「どこに行くつもりですか、雲雀さん」 「僕がどこに行こうと僕の勝手でしょ」 「記憶のない人がひとりでどこに行けるっていうんですか」 「やかましい。もう、ついてこないで」 「どこに行くのか教えてくれたら俺も心配しなくて済むんですけど」 そこで雲雀さんはぴたりと足を止めた。必然的に俺も立ち止まることになり、あれどうしたのかなと首を傾げていると彼がすたすたとこちらへ向かって歩いてきた。 胸倉を強く掴まれた。 「君、僕の保護者か何か?」 激おこらしかった。殺気のような鋭い空気を纏っている。普通の人間ではありえない痛いほどの殺気だった。 すぐ目の前に雲雀さんの顔がある。黒い瞳の虹彩がはっきり見える。 「君と僕は赤の他人で何の関係性もない。君に心配される筋合いはない」 正論というか当然のことをおっしゃる。 俺は笑った。そうか、この人とてもプライドが高い人なんだ。そしてけっこう人嫌い。だから、自分のことは自分で何とかしたい人。 「雲雀さん、プライドも意地も強烈なんですね」 まさか凄んで微笑まれるとは思わなかったのか、雲雀さんの殺しにかかってきそうな空気がかすかに薄れた。 胸倉を掴む雲雀さんの手に自分の手を重ねる。 「雲雀って、鳥の名前ですよね。雲雀って飼育できるんでしょうか。ねえ、雲雀さん」 「……何の話だい」 「飼育できるとしたら、そりゃ当然鳥籠の中に入れられるんでしょうね。雲雀さんは人間じゃなくて本当に雲雀っていう鳥だったとしたら、絶対動物園なんかじゃなくて自然の中を生きていくと俺は思うんです」 「君は頭がおかしいのかい? 一体何の話をしてるの」 黒の虹彩に軽蔑の色が浮かぶ。それでも美しい瞳だった。 あは、と俺は笑い声を立てた。あなたにはわからないだろう。こういう人には絶対理解などできない。この人はどこか骸と似てる。自分が崩壊しそうになるほどの敗北も後悔もしたことがない、あるいはその記憶が薄れかけている人種。後悔と自責の念に駆られて我を忘れて暴走したり、抜けがらみたいになって失敗を繰り返すなんて経験ないに違いないんだ。 「頭がおかしいのはあなたですよ、雲雀さん」 笑いながら言い返す。 「記憶がないくせになんで何とかなると思えるんですか? 記憶喪失で自分の名前以外覚えてないならホイホイ街出るんじゃねぇよアホか。縁があったからかどうかはさておき、よくわかんないけど俺ん家にやってきたからには勝手にどっかで野垂れ死にとかまじ厳禁ですから。こっちの迷惑も考えてほしいものですよ。いきなりトランクごと男送りつけられて、さらにはその男に俺パンチと蹴りくらったんですよ? 出会いがしらに暴力とか、あなた記憶失う前どんなふうに親に育てられたんですか? 俺が頭おかしいのはまあ、認めますけど、あなただって十分イっちゃってますよ。ねえ、ほんと大丈夫ですか? これからあなたが向かおうとしてた行き先についてじゃなくて、あなたの頭が」 翼も満足に操れない鳥が外に出て何になるというのですか? そんな無駄にお高いプライドだけでこの残酷な世界を生きていけるはずがないと、あなたは知っていると思うんですけど。 ちがったのかな? そう覗きこんでくる琥珀の目に、漆黒の鋭い瞳はかすかに揺れた。
20140505
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