『美坂家の秘め事』112
「…ほんと…仲が良いんですね」
こちらが見ているのも恥ずかしくなるほど陸は麻衣にベッタリだった。
人目を気にする事もなく陸はしっかりと手を繋いでいる、それも指を絡めた恋人つなぎで。
「もう陸っ……だからあんまりベタベタしないでって!」
ほんのり頬を染めて手を離させようとするが陸は逆に抱き着きそうな勢いだった。
とても昨日のホストと同一人物には見えない。
「仕事中と違うからガッカリされたんじゃないんですか?」
苦笑いを浮かべた麻衣にそう聞かれても素直に頷いていいものか悩んでしまった。
ホストに興味があって店に行ったわけではないからそこまでガッカリしなかったがこのギャップにはさすがに度肝を抜かれた。
まさに蜜月の恋人同士。
そしてそれをまったく隠そうとしない陸の姿と恥ずかしさからか少し怒り口調で陸を諌めながらも手を振り解こうとはしない麻衣。
しばらく恋人の居ない栞には正直目の毒だった。
「あの…それじゃあ、私はこれで…」
どうにもその場に居る事がいたたまれなくなって二人に頭を下げるとカートを押して歩き始めた。
(いいな…彼氏って)
あんな彼氏ならきっと側に居てもウザイとか面倒とか思わないんだろうなぁと歴代の彼氏と比べながら思った。
「あ、あのっ! 栞さん…」
後ろから小走りに追い掛けて来た麻衣に呼び止められた。
一体何事かと振り返ると麻衣は人の良さそうな笑顔で笑いかけて言った。
「また…お店に遊びに行ってあげて下さいね。陸は…あんなんだけど他のホストの皆は本当にいい子達ばかりですから」
麻衣はまるでホスト達が自分の身内かのように頭を下げた。
だがその言葉も態度も押し付けがましくはなく、むしろ好意的に取れた栞は顔を上げた麻衣に笑顔で頷いた。
ホッとしたように笑う麻衣が陸の顔を見上げそれを優しい瞳で受け止める二人を見ているとつられて笑顔になった。
「じゃあさ、今夜また来てよ! 俺達の超トップシークレットを共有してくれる栞ちゃんに美味しいお酒ご馳走するから、ね?」
陸が二人の話が終わるのを待っていたように声を掛けて来た。
「え…今日?」
「八時くらいにおいでよ。待ってるからさ!」
強引な誘いにうろたえていると麻衣が後押しするように口を開いた。
「都合が悪かったら断って下さいね。でももしお時間があればお店でいっちばん高いお酒奢ってもらって下さい」
「麻ー衣ー!」
陸は子供っぽく頬を膨らませながら麻衣に恨めしそうな視線を送るとそれを受けた麻衣はクスリと笑う。
穏やかな二人のやり取りを見ているうちに栞は再び店を訪れる約束をしてしまい二人と別れた。
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