『美坂家の秘め事』109

「一体…どんだけ飲んだんだ?」

 険しい顔をしながらハンドルを握っている拓弥が呆れたようにため息をついた。

 時間を忘れて楽しんだ結果がコレだった。

 帰りの遅い栞を心配して何度も電話を掛けていて拓弥はかなりご立腹だった。

 だから電話を掛け直した栞は、拓弥に開口一番「どこにいる!」と聞かれても素直にホストクラブにいるとは言えなかった。

 仕方なく居酒屋で盛り上がって…と嘘をついた。

「大丈夫か? 気分悪いのか?」

 嘘をついてしまった事で自己嫌悪に陥っていただけの栞だったが拓弥は飲み過ぎで気分が悪いと勘違いしたらしく心配そうな視線を向けている。

 それがまた栞を落ち込ませた。

(今さら…言えないしなぁ…)

 なぜかホストクラブに行ったのは悪い事のような気がして言い出しにくい。

「栞? 車停めようか?」

「えっ…ううん、大丈夫!」

 何も答えずにぼんやりしていると本当に心配している拓弥の声が聞こえて来て慌てて顔を上げた。

 明日も仕事があるのに迎えに来てくれた拓弥に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 車のデジタル時計はとっくに日付が変わっている事を告げている。

「拓兄…ごめんね…仕事あるのにこんな遅くなっちゃって…」

「いーよ。久々に友達と会って楽しかったんだろ?」

 拓弥はいつもと代わらない笑顔を投げかけてくれた。

 その笑顔が追い討ちを掛けていると思いもしない拓弥は優しく栞の頭を撫でている。

 さっきまでナンバーワンのホストにポーッとしていたがやはり拓弥がいい。

 拓弥の笑顔も優しく撫でる手もそれは間違いなく自分にだけ向けられた物だと実感出来るからだった。

「でも…あんまり心配かけるなよ。優もすごい心配してたぞ。朝ちゃんと謝っておくんだぞ」

「ん…分かった」

「栞…」

 反省して俯きながら返事をしていると横から名前を呼ばれて顔を上げた。

 拓弥は助手席のヘッドレストに手を回すと素早く栞にキスをした。

 優しく唇が触れるだけかと思っているとすぐに舌が入り込んで来て優しく絡めとられた。

「やっぱ酒くせぇ…」

 信号が変わり唇を離した拓弥は「どんだけ飲んだんだよ」と文句を言いながらアクセルを踏み込んだ。

 栞は優しいキスをされてホッとしたせいか急に睡魔に襲われた。

 結局、家に着いても目を覚まさなかった栞を抱き上げて部屋に運んだ拓弥がベッドに入れたのは三時頃だった。

 
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