『番外編』
2011☆SUMMER15

 高校を卒業してから、数え切れないほどの初めてを経験した。

 光の洪水のような夜の街を歩くのも初めてなら、その相手が家族以外の男性というのも初めてだった。

「ごちそうさまでした」

 奈々は支払いを終えて出て来た直紀に頭を下げた。

(今日くらいは……って思ってたのに)

 
「美味かったな」

 財布をジーンズのポケットに押し込みながら、直紀が笑ってくれたことに奈々は心からホッとした。

 去年の夏は先生と生徒という関係、長い長い片想いからも卒業しようと決めた卒業式、別の意味で片想いから卒業させてくれた。

 あれから数ヶ月、並んで歩くことにもようやく慣れてきた。

「やっぱり若いからか? お洒落な店、知ってるんだな」

 直紀は食後の一服とばかりにタバコを取り出したが、ここが路上禁止区域だと思い出したのか、残念そうに視線を落としたタバコをポケットに戻した。

 いつもは車で移動することが多く、車内でタバコを吸うことに躊躇する直紀に、気にしないでと言う奈々も、さすがに苦笑いするしかない。

「この前、短大の友達とランチしに来たんです」

「へぇ? 学生のくせに随分とイイモン食ってんだな?」

(えっ?)

 下りてきた冷ややかな声に、慌てて顔を上げた奈々は、横目で見下ろす直紀の顔に心臓をギュッと掴まれたように、胸の奥に痛みを感じた。

「ち、違いますつ!! いつもは学食とかお弁当とかで、ほっんとにたまたま……友達に誘われて、それで……あの……」

「落ち着け。冗談だ」

 胸の前で手を握り締めて、必死になって弁解していた奈々に、直紀は肩を揺らしながら奈々の頭をポンポンと叩いた。

(良かったぁ)

 嫌われたくないという気持ちは、いつもは心の奥の方にあるけれど、思い出したように顔を見せては不安にさせる。

(もっと……自信持たなくちゃ)

 付き合えることになって、それは夢のような出来事だったけれど、デートを重ねるたびに、ふわふわしていた気持ちは、少しずつ変わっていった。

 年の差があるのは事実で、どうしても先生と生徒という感覚が抜けないのも事実、それでも隣に並ぶに相応しい女性になりたい。

 
(誰の目から見ても、彼女だって分かってもらいたいな)

 格好だけでもいに近付けようと、今日はいつもより大人っぽいデザインの、マキシ丈のワンピースを選んだ。

 大きく開いた胸元は、恥ずかしいと思ったけれど、いつもと違う格好をしていることに気付いて欲しくて、猫背になりがちな背中を伸ばして歩く。

 ウェッジソールのサンダルは、ほんの少しだけ見える景色を高くして、大好きな人の顔に近付けてくれる。

(気付いてくれるわけ……ないよね)

 片想いの頃から、ずっと見てきた相手だからこそ、直紀がお洒落からは縁遠いことは最初から分かっている。

 自分からアピール出来るほどの度胸があれば、こんな風にくさくさした気持ちにならないのに……。

 自分勝手なワガママな気持ちに、自己嫌悪に陥ってしまった奈々は、頭をコツンと叩かれて顔を上げた。

「どーした? 腹でも痛いか?」

「ち、違います! 何でもありませんっ」

 心配そうな顔の直紀に覗き込まれ、慌てて首を横に振り、視線を逸らした奈々は、ハッとして逸らした視線を直紀へ戻した。

(……あれ?)

 どうして今まで気が付かなかったのか、いつもはヨレッとしたTシャツにジーンズ姿の直紀が、今日は見たことのないポロシャツを着ている。

「おい、どうした?」

「あ……いえ、あ……えっと……その……」

 無地のポロシャツに、チェックの二枚襟と、袖口にも同じチェック、そこから伸びる鍛えられた二の腕。

 そういえば髪にも寝癖はないし、週に三日は剃り忘れるという髭も、綺麗に剃られていた。

(自分の格好ばっかり気になってたから……)

 意識してしまうと、ますますドキドキしてしまう。

「奈々? 本当にどうした? 具合でも悪いのか?」

 さらに顔を近付けられ、足を止めずにはいられず、立ち止まると意を決して顔を上げた。


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