『番外編』
Be My Valentine1
ようやく全部の部屋の掃除機を掛け終えて、思わず口から「ふぅ」とため息が漏れる。
「よいしょっと。ちょっと休憩でもしようかなぁ」
いよいよ大きくなって来たお腹のおかげで何をするにも思わず掛け声が出てしまう。
(夏だったらきっとすっごい大変だわ)
今でも「フゥフゥ」言っているのにと、掃除の為に開けていた窓を閉めながら思わず苦笑いになる。
掃除機を片付けてソファに座ろうとした時だった。
遠くの方で何か音が聞こえたような気がして、下ろしかけていた腰を「よいしょ」と掛け声を掛けて持ち上げた。
(寝室……ううん、雅樹の書斎?)
耳を澄ませながら音のする方へと歩いて行くとやはりその音は雅樹の書斎から聞こえていた。
「携帯?」
それらしい音にどうして?と首を傾げながらドアを開ければ、部屋の主はとっくに会社へ行ったはずなのに机の上にはピカピカと光っている携帯電話。
「もしかして、忘れていったの??」
呆れてしまったけれど鳴り止まない音に慌てて携帯に手を伸ばした。
(出ても……構わないのかな?)
そう躊躇したのは一瞬ですぐにボタンを押した。
「も、もしもし……瀬戸の携帯ですが……」
会社関係の人からだといけないと、口から出たのはいつもなら出さないような余所行きの声。
『真子か?』
「雅樹ー?」
聞こえて来た雅樹の声に余所行きの声もどこかへ飛んで行き思わずホッと息を吐いた。
『ああ、やっぱり家に忘れてたか』
「書斎の机に置きっぱなしになってるよ」
『どっかに落としたのかと思ったが、そこにあるなら良かった』
電話越しでも雅樹がホッと緊張を解いたのが伝わって来た。
高校生の頃なんて忘れ物しようが落し物しようが構わない人だったのに……。
知り合ってから十年以上経っているわりに一緒にいる時間は少ない、おまけに強く刻まれているのは高校生の頃の記憶ばかり。
会わない間に劇的な変化というか、信じられない成長を遂げたおかげで、まるで違う人のような感覚を覚えるけれど、そんな場面に出会うたびに嬉しくなってしまう。
「携帯いるでしょ? 持って行くね」
また新しい一面を見られた嬉しさを胸に秘めて、いそいそと部屋を出て行こうとすると、思ってもいない返事が返ってきた。
『来なくていい。別になくても困らない』
「え? そんなことないでしょ? 無いと困るでしょ??」
『わざわざお前が持ってくるまでもない。お前は部屋で大人しくしとけ。携帯がどこにあるか確認しただけだ。じゃあな、余計なことするんじゃねぇぞ』
一方的に言われて電話は切れた。
(何、それ……)
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