『番外編』
Another one14

 スプリングが激しく軋む音、波打ったベッドに身体を揺らした麻衣も起き上がり着衣を整えた。

「年下の男じゃ不安ってこと?」

「……うん」

 陸が思い描いている不安と自分が思っている不安は違っているとは思ったけれど麻衣は頷いた。

 好きだからこそ別れたい、なんて本当のことを言えば陸は何があっても引き止めるに決まっている。

 だからこそ……自分は悪役に徹しないといけない、麻衣は揺れる気持ちを押し隠した、

「麻衣……もう少し考えて? 俺の仕事が不安ならちゃんと就職するし、年の差なんて気にならないほどちゃんとするから。今すぐ結論出そうとしないで……明日にでもゆっくり……」

「もうずっと考えて来たの。たくさんたくさん考えて出した答えなの!」

 気を抜くと陸の優しい言葉に流されてしまいそうになる。

 毅然とした態度でいなくちゃいけないと自分に言い聞かせて、麻衣は顔を上げると真っ直ぐ陸の顔を見つめた。

「もう考え直せないって……こと?」

「ごめんなさい」

「……謝るくらいなら、考え直してよ! この前まで俺のこと好きだって言ってくれてたじゃん! あれは何なの? 嘘だって言うのかよっ!!」

(嘘なんかじゃないよ……)

 今だって心の中では陸のことが好きだと痛いほど訴え続けている。

(そんなに好きなのにどうして別れるの?)

 もう一人の自分が問いかけるけれど麻衣は首を横に振ってそれを胸の奥に仕舞い込んだ。

 離れて行くのが怖いから先に手を離してしまう、それがどれほど卑怯で弱いことなのか分かっている。

「俺は絶対……別れない。納得出来ない」

「責められても、憎まれても仕方ないって思ってる」

「何……麻衣は俺に嫌いになって欲しいの? そんなのなれるわけないじゃん! どれだけ俺が麻衣のことを好きか……」

「――――――った」

「え?」

 嫌だ嫌だと子供のように首を横に振る陸、話はこのまま平行線を辿るかと思われた時だった。

 麻衣が呟いた言葉に聞こえていた陸は驚きで聞き返した。

「出会わなければ……良かった」

 もう一度、今度はハッキリとした麻衣の拒絶の言葉に陸は息を呑んだ。

 言葉を失った陸はしばらく黙り込んでいたが、ようやく絞り出すように言葉を発した。
 
「…………麻衣、それ……本気で言ってるの?」

 それは本音だった。

 出会ってしまったからこそ、これほど誰かを好きになることが出来るのだと知った、けれど同時にそれは幸せばかりではないことも知った。

 二つの相反する感情がせめぎ合う毎日の中で生まれたのは「後悔」の二文字。

 陸と出会わなければ平凡で単調な毎日だけれど、それなりに充実した生活が送れていた。

 毎日働いてたまには凝った料理を作って、バーゲンに繰り出して友達と飲んだり食べたり、陸と出会うまではそれだけでも楽しかった。

 陸と出会ったことで生活は180度変わってしまった、それは良い意味でも悪い意味でも大きな転機となったことは事実。

「……俺がいると迷惑ってこと? もしかしてずっと迷惑だったってこと?」

 迷惑とは少し違ったけれど、否定も肯定もせずにいると陸はしばらく黙った後ポツリと呟いた。

「分かった」

 それが二人の最後の言葉になった。


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