『番外編』
七夕伝説になれなかった二人7

 怒り狂うオーナーを想像してどうやったら鎮められるのか、いざとなったら麻衣の力を借りるしかないか、いや……張本人の麻衣では逆効果か……。

 誠があらゆる事態を想定してバカだが放っておけない陸を助ける術を考えているとも知らず陸は「あ!」と声を上げた。

「ちゃんと言おうと思ってたんですけど、麻衣をこんなに可愛く育ててくれてあざーっす! っていうかオーナー自ら俺に麻衣を紹介してくれたってことは、麻衣は俺が貰っていいってことっすよね? 返せって言われても今さら返さないっすけど」

「返されても困るがな」

「それなら麻衣は俺のモノってことで。麻衣ー改めてお許しを貰ったよー」

「ちょ、ちょっと待って? こんな軽いノリで……そうじゃなくて、お父ちゃんもふざけてないでっ!! そういう話をしているんじゃないでしょ」

 ようやく口を開いた麻衣の至極真っ当な意見に誠はその通りだと言わんばかりに大きく頷いた。

「ふむ、そうだな」

「麻衣ー、俺と一緒にいたいと思わないの? 昨日だってあんなに愛し合っ……」

「陸は黙ってて!」

 ただ一人空気の読めない陸を一喝するとこの場の主導権を麻衣が握る。

「だいたい人を物をみたいに返すとか返さないとか! そ・れ・に、私の意見はどこいったの??」

「えー? だって麻衣は俺のこと大好きじゃん」

「麻衣……よく考えてみろ、このチャンスを逃したら本当にいきおくれになるぞ」

「いくらお父ちゃんでも言っていいことと悪いことがあるでしょ! 私がいきおくれ!? ふざけないで、その気になれば私と結婚したいって男の人くらいいくらでもいます!」

「麻衣!? なにそれ!! 俺以外に付き合ってる男がいるっていうの? どこのどいつ!?」

 麻衣の発言に血相を変えて掴みかかる陸、娘の前でハッキリと「いきおくれ」などと口にした竜之介は楽しげに新たな煙草に火を点ける。

 ただ一人……ある意味第三者の誠だけが冷静、いや……呆れた顔でこの状況を眺めていた。

 いっそこの場から立ち去ることが出来たらどんなにいいかと思ったが、元はといえばこの場を設けるように頼んだ張本人だけに責任を感じていた。

「すみません。えっと……話を元に戻したいんですが……」

 遠慮がちに口を挟んだ誠だが、熱り立つ麻衣に鬼のような形相で振り返られ「ウッ」と怯んだ。

 怯えるような表情を見せた誠と目が合い取り繕ったように笑みを作ったが時既に遅し、麻衣がただ可愛いだけの女じゃないことは誠に嫌というほど伝わってしまった。

 誠は不自然なほど視線を合わせようとはせず、麻衣の向こうにいる竜之介に視線を向けた。

「オーナー、今度こそお願い出来ますか?」

 肝心な話が何一つ進んでいないことを思い出して欲しい一心だ。

「ああ、そうだったな。すまん、すまん」

 竜之介の返事にようやく本題に進みそうだとホッと胸を撫で下ろす。

 少し大袈裟なくらいがちょうどいい、オーナーの立場から陸に一言言ってやって下さい。

 誠の想いを受けて竜之介は子供のように唇を尖らせている陸と対峙した。

 さっきまでの緩い空気が一瞬にして引き締まる。

「……陸」

「な、なんすか……」

 さすがの陸もわずかだが態度を改めて竜之介の言葉に耳を傾ける。

「麻衣と一緒になりたきゃ、ナンバーワンから一度でも落ちるな。落ちたら麻衣のことは諦めろ」

「な……っ」

「ん? 自信がねぇんなら麻衣のことは今ここで諦めろ」

「お父ちゃん! だから私の気持ちとか――」

「麻衣、ちょっと黙ってて?」

「り……陸?」

 勝手に話を進めようとする竜之介に食って掛かろうとした麻衣を止めたのは陸だった。

 麻衣を片手で制して一歩前に出ると若者らしいギラギラとした瞳で竜之介を真っ直ぐ見た。

「そんな簡単なことでいいんすか? 後悔したって知りませんよ?」

「お前こそ安請け合いして後で泣き入れるんじゃねぇぞ」

 竜之介と陸が少しの間睨み合いをした後にニヤリと笑う。

 誠はドッと疲れを感じながら深いため息をつき、どんな形であれ陸が仕事をしてさえくれればいいと思うことにした。


 そして陸は愛する麻衣との生活を守り続け、二代目オーナーになるため現役を引退するその日までナンバーワンに君臨し続けた伝説のホストとなった。

end
[*前] | [次#]


コメントを書く * しおりを挟む

[戻る]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -