『番外編』
Happiness【1】

 仕事の合間にひと息入れようと喫煙所でタバコを吸っていると胸ポケットに入れた携帯が震えた。

(……真子?)

 表示された名前に首を傾げたが電話に出る。

「あ……雅樹? ごめんね、仕事中なのに」

「いや。ちょうどタバコ吸ってたとこだ。どうした?」

「うん……あのね……今日早く帰って来れる?」

「そんなに遅くはならないと思う」

「そっか、えっと……うん、じゃあ……なるべく早く帰ってね」

 そう言って電話はあっけなく切られた。

(なんだぁ? 変な奴だな)

「奥さんから、ですか? さすが新婚さんはラブラブですねー」

 居合わせた他部署の人にからかわれ恥ずかしさから乱暴に携帯をしまってしまうと、いつもと様子の違う真子のことさえも隅に追いやってしまった。


 そしてそのまま仕事に戻った俺は……。

「ただいま」

 同僚に誘われるままに飲んでとっくに日付けは変わっていた、当然のことながら昼間の電話のことなど頭の片隅からさえも消えてしまっていた。

(ちょっと飲み過ぎたか……)

 明日が休みだからと気が緩んだせいか勧められるままグラスを開けたせいか、少し足元がふらつくような感じに冷えた水を一気に身体の中へと流し込んだ。

「真子、ただいま」

 真っ暗なリビングを通り抜け寝室のドアを開ける、部屋の中は暗いが布団が盛り上がって真子がいることは分かった。

(ったく寝るの早すぎだろ)

 真子が起きていないことに少々ムッとしながらネクタイを緩める。

 いつもなら何時になっても起きている真子がこんな風に部屋中の電気を消して寝ているなどありえなかったのに、それすらも不思議に思わなかったのはやはり飲み過ぎていたせいかもしれない。

「…………って言ったのに」

「なんだ真子、起きてたのかよ」

 後ろから聞こえて来た声に俺は振り向きもせずスーツを脱いだ。

「今日は早く帰ってって言ったのにっ!」

「真子?」

 明かに怒っている声に慌てて振り向けば、いつの間にか起き上っていた真子が俺を睨み付けていた。

 真子の言葉に昼間の電話のことをようやく思い出した俺はバツが悪くて視線から逃れるようにまた背中を向けた。

(すっかり忘れてた……)

 シャツのボタンをノロノロと外しながら何か言い訳を考えようとするが何一つ思いつかない。

「もういい」

「なんだよ。ちょっと遅くなっただけだろ、それぐらいでグダグダ言うなよ」

 吐き捨てるような声で言われムッと来た俺も突き放すような言葉を返してそのまま寝室を出た。

 シャワーを浴びて戻って来た時には真子はもう俺に背中を向けるように眠っていて、飲んで睡魔に襲われていた俺は朝になったら話せばいいかとそのまま眠りに付いた。

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