『番外編』
恋のキューピッド【3】

 随分と懐かしい夢を見たな……。

 どのくらい眠っていたのか覚醒したばかりの頭の中はまだボンヤリしている。

 まだ俺がバカで楽しいこともなくイライラしてはケンカばかりしていた頃、今から思えばそれが運命だと思える真子と出逢った時のこと。

 幼くていきがっていた俺とまだふっくらと子供っぽさの残る真子。

 昔の夢を見るなんて俺も年を取ったってことか……?

 それはそれで複雑だと思いながら目を開けるといつもとは違う景色が視界に飛び込んで来た。

「あれ……」

「雅樹? 起きたのー?」

「真子、あ……」

 隣りに座っている真子に顔を覗き込まれてようやくここがマンションじゃないことを思い出した。

 結婚してからようやくまとまった休みを取れた俺は真子と二人で飛行機の中、お預けになっていた新婚旅行のためにアメリカに向かっている。

「お前、起きてたのか?」

 機内食を食べてから連日の忙しさのせいでクタクタだった俺はどうやらすぐに寝てしまったらしい。

 すぐに時間を確認するとかなり長い時間寝ていたらしく到着まであと二時間ほどになっていた。

「ん……なんかね、寝れなくって」

「ちゃんと寝とけって言っただろ」

 そのためにエコノミーでいいっていう真子の話は聞かずビジネスにしたのに、肝心の真子が起きてたら何の意味もねぇだろうが……。

「でも、ちょっとは寝たよ?」

 そういう真子の目元は確かに寝不足とは感じられない。

 その横顔を見るだけでいかに今回の旅行を楽しみにしているのか伝わって来る。

 確かに二人での初めての旅行は俺もすごく楽しみにしている、思い切って十日間の休日を取ったのもこの際だから真子と楽しもうと思ってのこと。

 でも真子にはそれ以外にも楽しみがあるらしく出発前から準備に余念がない、そして今も……化粧ポーチを広げて念入りに化粧をしている最中だった。

「着いてから眠たいって言っても知らねぇぞ」

「大丈夫! ホテルに着いたらいっぱい寝るから!」

「お前ねぇ……」

 新婚旅行なのにいっぱい寝かせて貰えると本気で思ってるのか甚だ怪しいが、真子がこんなに嬉しそうにしているなら別にいいかと思ってしまう。

 ようやく頭もスッキリした俺は体を起こすと真子の化粧ポーチに目が止まった。

「それ……」

 真子が俺の視線に気付くと照れくさそうに笑う。

「だって捨てられないよ。これがなかったら……私達、こうなってなかったかもしれないし……」

「そうだな」

 真子の指がファスナーにぶら下がるはげて古ぼけたブタをつつくと懐かしい音が鳴る。

「あっ、そうだ! 着いたらね……えっと、あれどこだっけ……あーあった! ここ、ここのカフェに行ってみたい!」

 急に旅行のガイドブックを開いた真子は折り目を捲りながら俺の目の前に広げて見せる。

 どうやら今の真子は昔の懐かしい思い出に浸るよりも目先の旅行のことでいっぱいらしい。

 でも悪い気はしない、二人の思い出も大事だけれどこれから作っていく思い出はもっと大事にしたい。

「着いてすぐコーヒーかよ」

「いいでしょ! ねっ、連れてって?」

 期待に満ちた目でそんな風にお願いされて断れるはずもない。

 俺は真子の広げたガイドブックに視線を落とし十年間住んだ懐かしい街並みの写真に視線を走らせる。

 どうやらこの旅の間は真子専属のツアーコンダクターになるしかなさそうだ、それなら覚悟を決めてあの頃一緒に見たいと思っていた場所へ真子を連れ回すのも悪くないかもな。

end
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