ツイてる乙女と極悪ヒーロー【45】
心臓が破れそう。
全力疾走をした後より、授業中居眠りしてビクッとして起きた時より、心霊番組を見ている最中に驚かされるより、ずっとずっとドキドキしていた。
「何をすると思う?」
彼が囁く、低く囁かれた声に、胸の奥が今度はギュゥンと痛くなる。
「も……」
「も?」
「もう、無理ですー。ごめんなさぃぃぃ」
涙がぶわっと出た。
限界を超えたらしい、意識を失えなかった代わりに、泣きが入ってしまった。
だって、こんなの変。
すっごいムカつく態度で、下僕とか呼ぶくせに、キスとか勝手にするくせに、めちゃくちゃイケメンで、声とかカッコ良くて。
嫌な奴なら嫌な奴を貫いて欲しい。
私が植え込みに突っ込みそうなら、それを黙って見てて後で笑ってバカにするような、本当にムカつく人だったら良かったのに……。
普通に、助けたりして……。
しかも腕を掴むとか、危ないって声掛けるとか、他にも方法があったと思うのに、あんな……女子がトキめくシチュエーションを仕掛けてくる。
もう、頭の中がぐちゃぐちゃ。
彼の何を信じたらいいのか分からない。
「ったく、ここで泣くとは。本当に面白い女だな。さっきの勢いはどうした?」
彼の声がさっきよりも優しい。
抱きしめるように肩に回された腕も、私を見つめるアメジスト色の瞳も、バカにしている時の俺様の彼じゃない。
「何で、こんなこと……。何で……」
ひどいことばかりすると思ったら突然キスをしてきたり、私に囮をさせるような冷血漢のくせに、些細なことで助けたりする。
コロコロ変わる彼の姿や言動こそ、まるで幽霊のように不確かな存在。
昨日から彼に振り回されてばかりいる。
まるで先の見えないジェットコースター、いきなり乗せられてから一度も止まらない。
こっちは読めない動きにビクビクしているのに、彼は私のことを面白いと言った。
その言葉がひどく私を傷つける。
囮のこともそう。
彼の言ったことは正しいかもしれないけど、私だったら何をしても平気と思っているだけなら、もう解放して欲しい。
ドキドキしっぱなしのジェットコースターは嫌いじゃない、でも先の見えないジェットコースターに一人きりで乗るほど強くもなかった。
「あの、除霊とか……もう、いいから。ソッとしておいてくれませんか?」
とうとう、本音が口から零れた。
ほんの数日前まで、普通に女子高生として、普通の高校生活を送っていた。
次郎の死をきっかけに大きく変わる。
何もかも、変わってしまった。
「どういう意味だ」
彼の声が苛立っている。
声の鋭さにビクッとなったけど、私はこれで最後だと思うことにして口を開いた。
「囮にされたことは本当はすごく腹が立つけど、それは何もされなかった……わけじゃないけど、結果的には先生を捕まえられたからやって良かったのかなと思う。いや、女子の鳩尾を平気で殴るのは良くないけど!」
思い出さなくてもいいことを思い出してしまい、思わず鳩尾に手を当ててしまう。
この件に関しては後で文句を言うことにして、私は続けた。
「だけどっ! 下僕って呼んだかと思えば、いきなり……キ、キスしたりとか……。からかって遊びたいなら、申し訳ないけど他の相……」
「遊びじゃなければいいのか?」
抑揚のない彼の声と、昼休みの終わりを告げる予鈴が重なった。
気持ちが焦ってしまう。
早く、教室へ行かないと、このジェットコースターの終点を見つけないと。
「あの、念のため言いますけど、本気でからかって遊ばれても、困ります」
「俺は海外で長く暮らしていたが、お前よりは日本語の理解力があるつもりだ。わざわざ言わなくても分かる」
「あー、そうですか」
どうして、気持ちを逆撫でする言い方しか出来ないんだろう。
そういう所がムカつくんです、と言ってやりたかったけれど、これ以上話を長引かせたくはなくて、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「もう一度聞く。遊びじゃなければいいんだな?」
「まあ、そうですね」
彼が何を言いたいのかよく分からないけれど、解放されるならもうそれでいいと頷いて言うと、彼は笑ってパチンと指を鳴らした。
な、に……?
嫌な予感しかしない。
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