ツイてる乙女と極悪ヒーロー【31】


 迷ったけれど、大人しく口を開ける。
 こんな状況で迷うことでもないのに、何となく申し訳なく思ってしまう。
 彼の指が口の中からハンカチを摘まみ出すと、私は自由になった口を数回動かしてから、安堵の溜め息をついた。

「はぁぁぁぁ。やっと喋れるぅ」

 あまりに嬉しくて、のん気な第一声を出した途端、彼の手に下から掬い上げるように顔を掴まれた。

「騒げば塞がれると分かっていて、なぜ大声を出した」
「はっ!? だ、だってそれは……」
「他の男に好き放題されやがって、ったく……ふざけるなよ」

 どうやら私は怒られているらしい。
 理由はまったく分からないけれど、なぜか私の行動が彼の逆鱗に触れたらしいということだけは分かった。
 分からないことがもう一つ、彼のキャラが随分と違うのは気のせいだろうか。
 偉そうなのも、横柄な態度も同じだけれど、図書館の中で話した時にはもう少し言葉遣いが丁寧だったような気がする。

 でも、今はそんなことどうでもいい。

「来てくれて助かったー! 横倉先生が変態で訳分かんなくて、気が付いたら縛られてるし……。もしかして、次郎が助けを呼びに行ったのって、あなただったの? 次郎のこと見える人なんて他にいないから、どうしようかと思ってたの。あ、ねぇ、次郎は?? さっき次郎が突然いなくなっちゃったの! もしかして除霊しちゃった? あの、なんていうか除霊は少し待って欲しかったっていうか、考えたいっていうか、ほら、その時にはちゃんとお別れの挨拶とかしたいじゃない? って、本当にいないのかな、じーろー?」

 今まで話せなかった鬱憤を晴らすように、言いたいことも聞きたいことも、ごちゃまぜで一気に吐き出した。

「この状況で、あの男の心配か。まった不愉快な男だな。機材もダメにしやがって……」
「はい? あの男って? 次郎のこと? 次郎が何かしたの?」
「そんなにあの男のことが心配か? 除霊して欲しかったんじゃないのか?」

「し、心配っていうか……。た、確かに最初はそう思ったけれど、好きで死んじゃったわけじゃないし、可哀相かなとかも思うし、色々面倒なこともあるけど、嫌なことをするわけじゃないから……。で、次郎は? 除霊しちゃった? もう天国??」

「やはり、さっき祓っておけば良かったな」

 彼はチッと舌打ちをしたけれど、私は彼の言葉にホッと息を吐いた。
 どうやら次郎はまだいるらしい、どうして姿が見えなくなったかは分からないけれど、どこかにいるならそれで良かった。

「それより、あの……これ、解いてもらえません?」

 次郎のことは心配だったけれど、今は自分の方がヤバイ状況にいることを思い出した。
 私はわずかしか動かない手を振って見せた。

「解いて欲しいか?」
「……はい?」

 聞き間違いよね?
 私がこんな格好を好きでしているとでも思っているのだろうか、さっきは口の中のハンカチを取り出してくれたのに……。

 助けに来てくれたんじゃないの?
 助けに……。
 彼は助けに来たんだよね?

 タイミングよく現れた彼に、てっきり次郎が呼びに行ってくれたのだと思ったけれど、何かが引っ掛かる。

 どうして彼はこんなに普通にしているの?

 驚いた様子もなければ、どうしてこうなっているのか理由も聞かない。
 まるで私がこうなることを分かっているような……。
 さっき考えていた疑問が、確信と変わっていくようで、背筋が寒くなる。

 彼と先生はグルだった? 次郎はそれに気付いて消されてしまった??
 助けに来てくれたと思ったけれど、実はこの彼も先生と同じだとしたら……?

 希望が絶望に変わる、真っ暗な穴に突き落とされて、どこまで落ちていく。

「どうした」

 口を開いた彼に、私は全身の毛が逆立った。

「触らないでっ!」
「なに?」
「もう、何なのよ! 私が何をしたっていうのよ!!」
「おい……」
「こんな意地悪するくらいなら、最初から除霊なんてしたくないなんて言えば良かったじゃない! それとも私が出来るか疑ったこと怒ってるの? だって、しょうがないじゃない! そんなこと出来る人がいるなんて、普通思わないんだ……んぐっ」

 彼の手が私の口を覆う。
 先生のように力で捻じ伏せる感じはない、口に触れた彼の手は少しひんやりしているけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

「大声を出すな、気付かれる」

 彼がチラリと準備室の方へと視線を向けて、ゆっくりと私へ戻す。

 先生の仲間じゃないの?

 彼の考えていることが分からない、てっきり先生とグルだと思っていたのに、今の言葉はそうじゃないと言っているように聞こえた。
 何がどうなっているのか分からず混乱する私に、彼は「大声を出すなよ」と念を押して手を離した。

 彼は手を話すと、頻繁に準備室の方へと視線を送りながら、不機嫌そうに言う。

「俺をあの変態と同じだと少しでも思ったら、この後のことは保証しない」
「ごめんなさいっ!」

 間髪入れず謝ってすぐ、同じだと思っていたと自己申告したと気が付いたけれど、すでに遅かった。

 彼は何も言わず私に背を向けた。

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