ツイてる乙女と極悪ヒーロー【29】
泣いている次郎に驚く私は、フラッシュの光に慌てて視線を先生に戻した。
「どうしたの? 別の方を見て、なんだかいつもの乙女ちゃんみたいだね。でも、大人しくしていたら、痛いことはしないからね」
先生の言葉も耳に入らない。
次郎は何度も化学室へ来ることを止めていた、昨日の夜だってそうだったのに、私は耳を傾けて来なかった。
次郎を除霊することばかりを考えて、あんな人の言葉を間に受けてしまった。
バチが当たったのは私の方だ。
「じゃあ、次は……上着を脱ごうね」
何枚か写真を撮った先生が、ブレザーのボタンに手を掛ける。
(触るなっ!!)
次郎の手が先生の手に重なる。
でも先生の手をすり抜けてしまう次郎の半透明の手に、私はこれから起こることに耐え切れずギュッと目を瞑った。
逃げられないなら、せめて見ていたくないと思った。
音も感覚も遮断することが出来ない、それなら視覚だけでも消して、後で何度もその光景を蘇らせたくない、その一心できつく絶対に開いてしまわないように目を閉じた。
ブレザーのボタンがあっけなく外され、はらりと前を開かれる。
視覚を閉じてしまったせいか、他の感覚がいつも以上に鋭くなっている。
先生の息使いも衣擦れの音も、いつもより大きく聞こえた。
(止めろ、止めろ、止めろっ!!)
次郎の声が一際大きくなった、すぐに理由は分かった。
先生の指がシャツのボタンに触れた。
瞼だけでなく、口の中のハンカチを力いっぱい噛みしめた。
襟元のリボンを解くシュルという音に、声にならない悲鳴が出てしまう。
やだ、触らないで……。
シャツのボタンはどこまで外されてしまったか分からない、でも間違いなく胸元を大きく開くには十分な数だけ外れている。
(ヤメロ……)
先生の指先が一瞬だけ肌に触れて、気持ち悪さに吐き気をもよおしたけれど、シャツが引っ張られた感触に息を呑んだ。
「可愛いね。ピンクで、飾り気もない感じがいい。胸もまだ小さくて……」
助けて、誰か……助けて……。
誰でもいい、助けて欲しい。
「泣かないでもいいんだよ」
止まらない涙に気付いたのか、冷たい指が私の目尻を拭う。
「ううーっ!」
触られたくなくて、頭を滅茶苦茶に振ったおかげで、先生の指はほんの少し触れただけですぐに離れていった。
良かったと息をつく暇もなく、先生がカメラを触る音が聞こえる。
「まずは下着姿で撮ろうね。それから乙女ちゃんの可愛いおっぱいを見てあげようね」
小さな子供にでも話かけてるつもりなのかもしれない。
思い返してみれば先生はいつも私を必要以上に子供扱いしていたような気がする。
(ヤメローーーーッ!!!)
今までで一番大きな次郎の叫び、胸が張り裂けそうなほど悲しい声。
そして、まるで獣の咆哮のような雄叫びを上げる。
次郎!?
反射的に目を開けてしまった私は、次郎の身体から鋭い光が放たれる瞬間を見た。
でも先生には見えないのか、カメラを構えたまま動かない。
何、今の……光り、まるで稲妻みたいだった。
次郎自身が気付いているのか分からない、次郎はカメラを遮ろうとしているのか、私の身体の上で同じように手を広げて浮いた。
(お前のクソカメラなんかで、俺の心霊写真を撮らせてやるんだ、ありがたいと思え!)
本当にそうなったらいい。
私の上に重なる次郎の姿、それは少し滑稽な気もするけれど、大きく手を広げて守ってくれようとする次郎の気持ちが嬉しかった。
「ん? あれ、おかしいな。動かないな。電池が切れたのかな」
先生がカメラを片手に首を傾げている。
写真を撮られずに済んだことにホッとして、私は目の前にある次郎の肩に額を寄せた。
生身じゃなくても、次郎を側に感じるだけで、ほんの少し気持ちが楽になる。
先生が「ん、あれ?」とカメラを触っている間、私は図書館の彼のことを考えていた。
あの人は、こうなることを分かっていて、私に先生と仲良くなるように言ったのだろうか。
もし、そうだとしたら理由はなに?
私のことが嫌いだった? 会ったこともなかったのに?
それともいきなり除霊をして欲しいなんて言ったから?
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