ツイてる乙女と極悪ヒーロー【9】
鉾之原くるみ(ほこのはらくるみ)
本来なら私のような一般人が知り合えるはずもない、由緒ある名家のお嬢様らしい。
くるみ本人はお嬢様ということを鼻に掛けるようなことはしないけれど、普段から立ち居振る舞いはやはりお嬢様だった。
育ちの良さが滲み出ているんだろうけど、見た目からして違う、身長は同じくらいなのに、全体の雰囲気が同じ女子とは思えない。
染めていないのに栗色の綺麗なストレートを背中の中ほどまで伸ばし、二重まぶたの大きな瞳を長いまつ毛が飾り、リップしか塗っていない唇はいつもツヤツヤの桃色。
女子なら「こんな風に生まれたかった」と思ってしまう、私はくるみと知り合ってからもう何度思ったか分からない。
(あ、そうだー。次、亜里沙ちゃんのクラス、体育じゃーん。うひひひー)
「鹿沼くん、ご飯食べたー? あ、幽霊になるとお腹って空かないのかな?」
噛み合っていないにもほどがある会話の内容に呆れたけれど、次郎の言った言葉を頭の中で反芻してハッとした。
「ちょっと、もしかして……」
すでにフラフラと離れていく次郎。
目の前を通り過ぎていく足を掴まえようと咄嗟に手を伸ばしたけれど、次郎の足は手の平をスルリと抜けてしまった。
(じゃあなー、ちょっと行って来るわー。ユーレイってすんげー便利ー)
薄く透けた足をユラユラさせながら進む姿は、海を泳ぐ魚に少し似ている。
これが朝一なら「ちょっと待て」と真剣に追いかけたかもしれない。
昼までにかなりの精神的な疲労が蓄積されているせいで、追いかけるどころか立ち上がることもしなかった。
「信じられない」
「鹿沼くん、どうしたの?」
「あーなんか、……散歩、してくるって」
女子更衣室を覗きに行くなんて、本当のことを言えるわけもなく、適当に誤魔化してしまうと、くるみは次郎が行った方とは逆の方を見て手を振っている。
なんてゆーか、くるみってば次郎と負けないくらいバ……、ううん楽天的だよね。
お嬢様ってみんなこんな風なのかな、おっとりしててほんわかしてて……。
でも、くるみが居てくれてちょっと救われる。
打ち明ける前はすごく悩んだけれど、やっぱりくるみだけには話して正解だった。
「ハナちゃん、どうしたの?」
見えない次郎をニコニコ見送ったくるみは、こっちを向くとジッと私の顔を見て首を傾げた。
「くるみー、大好きー! くるみが親友で私、すっごい幸せー」
疲れているせいか、普段は口走らないようなことまで口走ってしまう。
勢いに任せてくるみの華奢な身体をギュッと抱きしめると、くるみも私の背中をギュッとしてクスクス笑った。
笑い声も可愛い。
感心していると耳元でくるみの真剣な声がした。
「私もハナちゃんが大好き。いつでもハナちゃんの力になりたいって思ってるよ」
「うん、ありがと」
言葉にしてくれなくても、この三日間でくるみの気持ちはちゃんと伝わっている。
くるみも私と同じように同い年の幼馴染みがいるせいか、次郎が死んでしまった日から、何度も何度もメールをくれて、電話もしてくれてずっと私のことを心配してくれていた。
色んなことがあり過ぎて、もう随分昔のことのように思えるけれど、くるみからの何気ないメールは本当に辛い気持ちを楽にしてくれた。
嬉しいよー、と泣き笑いになる私に、くるみはまたクスクスと笑い声を上げた。
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