『姫の王子様』
ある夏の一日'09 P9

 再び浮き輪に掴まって波間に漂いながら、庸介はサングラス越しにキラキラ光る水面を見つめた。

「ところでタマ……」

「なぁに?」

「今さらなんだが……俺のこの格好はまったくイケてないと思うんだが……」

 本当に今さらとしか言いようがない。

 真っ黒なサングラスに麦わら帽子……こんな姿で海に入っているのは庸介一人しかいない。

 しかもお洒落とは程遠く、麦わら帽子にはピンク色のヒラヒラとしたリボンが巻き付けてある。

「うん、全然カッコ良くないね」

「お前……」

 あっさり認められては落ち込み具合はより増しそうだ。

 これでも現役モデルの中ではそこそこ売れていると自負していたのに、まさか彼女の口からそんな言葉を聞くとは思っていなかった。

「いいの!」

「なにが」

 庸介は気を付けていても口調が荒くなってしまった。

 怒っているわけでも不満に思っているわけでもなく、ただちょっと拗ねているだけ……でも五歳も年下の彼女にそんなこと悟られるわけにはいかない。

 庸介は平常心、平常心……と心の中で念仏のように繰り返し唱えた。

「私がカッコイイって知ってるもん」

「は?」

 さっきとは逆の言葉に頭の中に?マークが飛びかう。

 一体何が言いたいのかと庸介が首を捻っていると、珠子は少し声のトーンを落として庸介だけに聞こえるように呟いた。

「他の人はカッコイイって知らなくていいもん。庸ちゃんはカッコイイけど、でもカッコ良くなくても庸ちゃんは庸ちゃんだもん」

「そっか。それでタマが俺のために用意してくれたんだな?」

「でも、でも……サングラスは紫外線99%カットだし、麦わら帽子被ってたら熱中症にもならないんだよ!」

「嬉しいよ」

「……庸、ちゃん」

「嬉しい。タマは俺を一人占めしたいって思ってくれたんだろ?」

「だって、だって……」

 珠子は責められているとでも思ったのか、どんどん泣き出しそうな声になって浮き輪に顔を埋めてしまった。

 こんな可愛いことを言われて責めるとしたら、公共の場で無意識に大人の男を煽るなということだけだ。

 海の中じゃ何も出来ないじゃないか……と、心の中で呟いた庸介だったが海の中じゃなくても何も出来ないことを思い出した。

 それでも今すぐ抱きしめてキスしたい。

「ターマ、タマ……ありがとな」

 顔を見れないのがせめてもの救い。

 真っ赤な耳にこれ以上ないほど甘い声で囁きかけて可愛いつむじにキスを落とす。

 顔を上げて庸介の顔を覗き込む珠子の瞳には少女から少し抜け出した大人っぽさが滲んでいる。

「嬉しいよ、タマ」

「誰もカッコイイって思ってくれないよ?」

「いいよ」

「逆ナンされないよ?」

「されたくないし」

「それと、それと……」

「タマ、もういいよ。嬉しいって言っただろ? 俺はタマとこうやって一緒にいられればそれでいい」

 五歳も年下の女の子に何をそんなに真剣になっているんだって笑う奴もいるかもしれない。

 でも五歳年下だからこそ、いつでも掴まえておかないと不安になる。

 このくらいの年はとても不安定で些細なことで心が揺れてしまう、それを温かく見守ってやれるほど自分に大人の男としての器量はまだない。

 それなら……心が揺れないように不安にならないように側に居てやりたい。

 本音を言えば自分が不安だから離れていたくない、でも大人の男はズルくて見栄を張りたがる生き物だからそんなことは言えるわけがなかった。


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