『姫の王子様』
花火 P8

「二人とも覗いちゃダメだよっ!」

 リビングを出て行くタマは念を押しながら何度も振り返った。

 昼間は三人でゲームをしたりDVDを見たりいかにも夏休みらしいダラダラとした時間を過ごした。

 17時を過ぎるとタマと睦美さんが立ち上がった。

 タマの部屋で浴衣の着付けをするらしく俺たち二人に何度も釘を刺しながら二階へ上がっていった。

 そういえばタマの浴衣姿を見るのは久しぶりだ。

 記憶に残っている最後の浴衣姿はタマが…小学生だったか。

 まだ子供用の浴衣でいかにも子供って感じで色気の欠片もなかったけど今はタマも17歳…いくら童顔といえども…。

 楽しみで仕方がない。

 どんなに我慢しても頬が緩むのを抑えられない。

「庸介くん、こんにちは」

「お久しぶりです」

 タマの浴衣姿を想像してニマニマしているとタマの父親の浩二さんが帰って来た。

 どうやら朝からゴルフに行って来たらしく真っ黒というより頬も腕も真っ赤に日焼けしていた。

「今日は花火だったね。庸介くんは洋服かい?」

「いえ、奥に浴衣用意させてもらってます。って俺も母さんも着付け出来ないんで睦美さん待ちです」

「そう…んーじゃあ私が着せてあげるよ」

 えっ?

 当たり前の顔をして答える浩二さんにゲームに夢中になっていた拓朗が顔を上げて振り返った。

 驚いた表情をしている。

「うちはね祖母が厳しい人で、小さい頃から色々叩き込まれたんだよ。珠子が着付けしてる間に終わらせて驚かせよう!」

 浩二さんは楽しそうな表情で奥の和室へと向かった。

 俺と拓朗は信じられないと少し顔を見合わせていたが立ち上がり浩二さんの後を付いて和室へと向かった。

 鴨居に掛けられた浴衣は黒地に掠れた縦縞と龍紋が描かれていた。

 帯は雲の模様が描かれた渋めのシルバー。

「さすが秋子さんのお見立てって感じだね。私も着せがいがあるよ」

 俺が服を脱いでいると浩二さんが感心したように呟いた。

 一緒に付いて来た拓朗は畳の上で胡坐をかいてふーんといった感じで見上げている。

「タクは花火行かねぇの?」

「ぁあ?一人で行ってもつまんねぇだろ」

「女の子誘ったらいいだろ」

 下着姿一枚で浴衣を羽織りながら拓朗に視線を落とした。

 中学、高校時代からわりとモテていた拓朗だったが彼女が出来ても長続きはしなかった。

 その原因は…まぁ言うまでもないが極度のシスコン。

 今さらシスコンを治せといっても治るわけもなくというより本人に治そうという意思がない。

「別にそこまでして行きてぇとか思わねぇし」

 拓朗がつまらなさそうな口調で呟いた。

 俺に着付けをしてくれている浩二さんが俺たちの話を聞いてクスクス笑う。

「それじゃあ拓朗に留守番を頼んで私もお母さんとしっぽり花火デートでもしてこようかな」

「父さん…いい年してしっぽりとか言うなよ…」

 拓朗はゲンナリしながら言い捨てた。


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