『姫の王子様』
花火 P3

 まるで子供扱いされているようだったが俺はそうされるのは嫌いじゃなかった。

 それは歳の離れた兄に甘えているようでもあった。

「さぁ、急がないとタマちゃんの好きな東京ばな奈を買えないんじゃないか?」

「じゃあ次は月曜に…お疲れさまでした!」

「うん、お疲れ。気をつけるんだよ」

 佐橋さんに挨拶をして早足で出口に向かう。

 時計を確認して22時発のひかりに十分間に合うことを確認するとホッとして足を緩めた。

 少し時間もあるしグランスタで他にも何か買って帰ろう。

 喜ぶ笑顔を思い浮かべながら何にしようか考えるだけで口元が緩むのを感じた。

「ヨウく〜ん、お疲れさまぁ〜」

 うわっ…来た。

 後ろから呼びかける甘ったるい声に悪寒が走った。

 聞こえないフリをして足を速めると後ろから駆け寄ってくる音が聞こえて背中に緊張が走った。

 やべぇ…捉まったら最悪だな。

 そう思った瞬間喋り方と同じ胸焼けするような甘ったるい香りがぶわぁっと体全体を包んだ。

「お、お疲れさまです」

「今日思ったより早く終わったからこの後時間空いちゃってぇ…」

 またかよ…いい加減しつこいんだよなこの人。

 もたれるように腕を絡めようとするのを荷物を確認するフリをしてさりげなく交わした。

「明日も仕事入ってないから今日はお酒でも飲みたいなぁ…」

 早足の俺の横に付いてくるのはよく仕事が一緒になるモデルの愛李(アイリ)さん。

 どうやら俺に気があるらしくやたら声を掛けてくるわりには決して自分から誘ったりしない。

 人気モデルのプライドってやつか?

 どうやってかわそうかと考えていると回り込まれて行く手を遮られてしまった。

 下から見上げる上目遣いの目は普通の男だったらウッとくるくらい可愛いし、さりげなく寄せられた胸にだって視線が釘付けになるのは間違いないだろう。

 けれど俺にはむせ返るような香水も計算しつくされた上目遣いも男受けする仕草もなんとも思わない。

 むしろ不快感を感じた。

 面倒くさいのに捉まったなぁと胸の中で舌打ちをする。

「ヨウくん!」

 まるで神の声のような佐橋さんの呼ぶ声に振り返った。

「時間時間!遅れたらどーするんだい!僕は少し打ち合わせしてから行くから遅れないでよ」

 佐橋さんが腕時計を指差しながら俺を急かせた。

 思わぬ助け舟にホッとしながら「すみません!」と焦ったフリをして頭を下げた。

「えぇ〜この後も仕事なのぉ?」

「すみません!今日はお疲れさまでしたっ」

 唇を尖らせながら体をくねらせる愛李さんに頭を下げて外へと駆け出した。

 少し時間を取られてしまった事に焦りながら駅に向かった。


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