『姫の王子様』
ある夏の一日'08 P1

 額に汗を滲ませながら発車のベルが鳴り響くホームへ駆け下り電車に飛び乗った。

 よく冷えた車内に汗がスーッと引いていく。

「ギリギリセーフ!」

 珠子はドアのガラスに自分の姿を映して乱れた前髪を直した。

 リズリサのピンクのホルターワンピを着た珠子は肩から大きなビニールバッグを下げている。

 日曜日の朝7時過ぎの電車は空いていて珠子は荷物を横に置いて座った。

 ピリリッピリリッ−

 静かな車内に珠子の携帯の音が響いた。

 珠子はメールの着信音に慌てて携帯を取り出してメールを確認した。

【乗り遅れなかったか?】

 そのメールは駅まで走るハメになった原因を作った張本人。

 短い返事を返しながら珠子は今朝の出来事を思い出した。

「たーまこ。お兄ちゃんがプールまで送ってってあげようか?」

「いい。みんなでバスで行くしもう券買っちゃったもん」

「んーでも沙希ちゃんも一緒に車の方が楽じゃないか〜?」

「もーいいってば!電車乗り遅れちゃうから。ママー!パパー!行ってくるねぇ〜!」

 珠子は玄関でサンダルを履きながら奥にいる両親に声を掛けた。

「気をつけてなー」

「行ってらっしゃーい」

 と奥から送り出す声が聞こえると珠子は玄関のドアに手を掛けた。

 バンッ−

 開けようとしたドアを拓朗が押さえつけた。

「ちょっとぉ!お兄ちゃんっ!」

「珠子、よく聞きなさい」

「なぁーにー、もぅっ!」


男はみんな野蛮な生き物だと思いなさい」

「………」

「いいか、変な事されそうになったら迷わず股間を蹴り飛ばせ。それと沙希ちゃんのそばを離れるんじゃ…って珠子!聞いてるのかぁ〜!」

 珠子は玄関のドアを開けて背を向けた。

「お兄ちゃん心配しすぎっ!私だって高校生だしもう子供じゃないんだよっ!じゃあね〜行ってきまぁす!」

 珠子はタンッ!と勢いよく外に飛び出した。

 ミニ丈のワンピースの裾が揺れるのを複雑な表情で見送る拓朗。

「もう子供じゃないからお兄ちゃんは心配なんだよぉ…珠子ぉ…」

 拓朗は搾り出すような声で呟いた。


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