『-one-』
公認彼氏 P28
「えっと…麻衣がいつもお世話になってます。…でいいのかな?」
慣れない挨拶をした陸がチラリとこっちを振り返った。
頷いて見せると陸はやはり嬉しそうな笑みを浮かべている。
それから陸はゆっくりと話を始めた。
「金曜日は途中で消えてごめんね。それと…俺がこういう職業だから麻衣は黙っててくれたんだ。だから麻衣のこと…悪く思わないで欲しい」
呆気に取られている三人に向かって陸は礼儀正しく頭を下げた。
衝撃が大きかったのか言葉も発せずにいる三人に向かって陸は言葉を続けた。
「お店のお客さんにこんな事を頼むのはどうかと思うけど俺と麻衣の事秘密にして欲しい。決していい加減な気持ちで付き合ってるわけじゃないんだ。何ていうか…その…」
口ごもる陸を見て鞄の中から小さな包みを取り出した。
仕事中はしていない指輪を左手の薬指にはめると陸の肩をトントンを叩いた。
「ちゃんと…話すね」
体の向きを変えて三人の顔を見た。
陸が身体を支えるように背中に手を当ててくれている。
せめて身近な人にだけはきちんと伝えておくべきだと気付かされた私は打ち明ける決意をした。
「今まで黙ってて…ごめんね。実は…その…」
はっきり言葉にするのは照れくさくて左手を前に出した。
三人の視線が左手の薬指に集中する。
「結婚…するんですか?」
ようやく状況を把握出来たのか口を開いた。
それでもまだ半信半疑といった感じで視線は定まらない。
「まだ日取りとか決まっていないけどもう一緒に暮らしているの」
「麻衣先輩と…り、陸くんが…結婚」
その反応にやはり激しい後悔が生まれた。
(陸の仕事に迷惑を掛けたらどうしよう…)
陸はホテルから帰った後も改めて迷惑になるような事はない、覚悟は出来ていると言ってくれた。
それでも不安は拭えない…。
訪れた沈黙をすぐに破ったのは陸だった。
「色々話す事はあると思うんだけど…今は少しでも早く病院に連れて行ってあげたいんだ。だから…」
陸はしきりに心配そうに顔を曇らせ私の顔を覗きこんでいる。
勢いで打ち明けてしまおうとした結果、こんな中途半端な状況になってしまった。
(あぁ…どうしよう…)
「あ、あの…今度ゆっくり話聞き出しちゃいますから!」
「部屋に遊びに行ってもいいですか?」
「ゆっくり休んで下さいね。陸くん、治るまで看病してあげてね!」
笑顔とともに想像していなかった言葉を掛けられて胸が熱くなった。
陸は「ありがとう」と何度も頷いている。
にこやかな三人に見送られた私は胸の痞えが取れたように晴れ晴れした気持ちでいっぱいだった。
「俺…ようやく公認彼氏に昇格だ…」
心底ホッとしたような声で陸は呟いた後、少し照れくさそうな顔を見せた。
公認彼氏となった陸は言われたとおり治るまで看病してくれた。
つきっきりの手厚い看護を理由に仕事を三日も休んだのは言うまでもなかった。
end
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