『-one-』
公認彼氏 P1
こんな気持ちになったのは久しぶりだった。
目の前の銀色のドアを睨み始めてからもう何分くらい経ったのだろう。
実際には10分も経っていないのだがやけに長く感じる。
今すぐ回れ右して帰りたい気持ちと闘いながら何度もドアレバーに手を伸ばしては引っ込めていた。
(どうしてこんな事になってしまったの)
いくら嘆いてもこの状況が変わるはずもなく自然と深いため息がこぼれた。
話は10分ほど前に遡る。
「麻衣先輩、今日はまだ時間いいんですよね?」
久しぶりに事務所の女の子達とご飯を食べに行った帰りにそう誘われた。
明日は休みで特に早く帰る理由もないから即答した。
そして後ろをついて歩きながら徐々に足が重くなっていくのを感じたのだがその直感は当たっていた。
「こ…ここは?」
聞かなくてもきっとこの中で一番知っているのは私。
けれどそんな顔を出来るはずもなく…。
「ホストクラブですよぉ」
「ホ…ストクラブ?」
(知ってる…知りすぎるくらい知ってる)
よりによってなぜココなのかと偶然を呪いたくなった。
「前に社員旅行で温泉に行った時に会ったホストの人達のこと覚えてませんか?」
「あ…」
忘れていたわけではないけれど思わず声が漏れた。
温泉旅館で鉢合わせになったone一行があろうことか会社の女の子達をナンパするという最悪の状況に加えて…。
それよりももっと大事件の事が頭の中を過ぎったが恥ずかしい過去はすぐさま打ち払った。
三人は私が声を上げた事で忘れていた事を思い出したと勘違いしたらしく嬉々としながら話を続けた。
「それでー仲良くなって時々三人で来てたんですよぉ」
(鉢合わせにならなくて良かった……)
聞かされた事実に驚きながらもホッと胸を撫で下ろした。
「すっごい楽しいですよ! さぁ行きましょう」
両脇をガシッと固められて一歩踏み出した所で慌てて足を踏ん張った。
「ちょ、ちょっと待って!」
今にも店に入ろうとするのを止められたせいか怪訝な顔をして私の手を離してくれた。
(絶対無理でしょ…バレちゃう…)
すっかり常連…いや身内のような私が店に入ればすぐに誰かが親しげに声を掛けてくる。
私はどうやってこの状況から逃げ出そうかそればっかり必死に考えていた。
だが思いもよらぬ一言でこの後とんでもない窮地に追い込まれるとは思いもしなかった。
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