『-one-』

親心 P12


 力ずくで立ち上がらせようとしても動こうとしない響から手を離して今度は悠斗の腕を引っ張った。

「悠斗、一体何の真似だよ!」

「陸さんが辞めるなら俺も辞めます!」

「俺もです!」

 悠斗の言葉に続くように響も賛同すると俺も俺もと後から後からまるで輪唱のように言葉が続く。

 一体何なんだよ…。

 訳の分からない陸は唯一離れた所に立っている誠に視線を向けた。

「あーそのぉ…これはだなぁ」

 陸の困惑した視線から目を逸らした。

「な、何て言うか…も一1度お前がNo.1として…」

 歯切れが悪くボソボソと説明する誠を見るに見兼ねて響は立ち上がった。

「全部嘘なんですっ!」

「は?」

「最近陸さんの売上が落ちてるからもう一度No.1の自覚を取り戻して貰おうって…」

 響は言い終わると視線を誠に向けた。

「悪かったよ!お前が麻衣ちゃんと一緒に暮らすようになってからあまりに舞い上がってるからお灸を据えてやろうと思って…」

「この前言った事は全部嘘です!麻衣さんの事をあんな風に思った事なんて一度もないんです!」

 響は陸の足元で床に頭を付けそうな勢いで土下座した。

「えっ…えっ…は?」

 陸は狐につままれたような顔をして近くに居た麻衣を見たけれど麻衣も同じようにきょとんとして陸の顔を見た。

「誠さん…じゃあ今までのって…」

「んー全部芝居っつーか…陸ぅごめんな?」

 誠は少し茶目っ気を出して謝った。


 芝居?

 芝居だって?

 陸は拳を握り締めてプルプルと震わせた。

「No.1になれなかったら麻衣が出入り禁止ってのも別れろってのも全部嘘…?ホスト辞めろってのも?」

「あー麻衣ちゃんの事となればお前も本気になるだろうと思って」

「俺がホスト辞める方選ぶって考えなかったんすか?」

「いやぁお前が負けず嫌いなのは分かってたし割と単純だから扱いやす…」

 陸は誠に向って大股で近付いた。

「お、おい…マジで悪かったって…」

「本当にあなたって人は…」

 誠の前で大きくため息を吐いた。

 どうしてこうろくでもない事を思いついて後輩達まで巻き込んで…。

 本当ならいくら殴っても殴り足りない所なんだけど。

「でも…今回の事は俺にも原因があったんで…すみませんでした」

 陸は素直にに謝ると誠に頭を下げた。

「おい…陸やっぱりお前辞めるつもりか?」

 誠には珍しくオロオロとした表情で陸の腕を掴んだ。

「いや…それは…」

 陸は目を伏せた。

 あんな啖呵切っておいて今更戻りたいなんて無視が良すぎるにも程があるよな…。

「もう一度…」

 黙って成り行きを見守っていた麻衣が口を開いた。

「もう一度陸をよろしくお願いします」

 ソファから立ち上がると深々と頭を下げた。

「麻衣…?」

「陸はこの仕事が好きで誠さんが好きでこの店もみんなの事も本当に大事に思ってます。だからもう一度よろしくお願いします」

 頭を下げていた麻衣が顔を上げてふらつくと近くに居た悠斗がすぐに手を伸ばして支えた。

「俺にはまだNo.1なんて荷が重いんですよ。戻って来てもらえませんか?」

「響…」

 俺…すごい恵まれてるなぁ。

 最高の彼女と…慕ってくれる仲間と…俺を育ててくれたちょっとお節介が過ぎる誠さん。

「誠さん…」

「何も言うなって!今回は俺もやりすぎて悪かったな。でも俺としては…」

「分かってます。あのままだったらいずれ麻衣の事も客にバレてたし、本当にこんな事が起きたって思ってます。」

 やっぱりお前は一緒に頑張って来ただけあって俺の考えを理解してくれるんだな。

 誠は嬉しそうに陸の肩を叩いた。

「もう少しNo.1として頑張ってくれよな」

「よろしくお願いします」

 麻衣は二人が固く握手する姿を嬉しそうに眺めた。

「ところで…」

 陸がゆっくりと麻衣の方へと向き直った。

「悠斗…お前はいつまでベタベタと触ってるつもりだ?」

 悠斗はしっかりと麻衣の肩を抱いて寄り添っていた。

「俺は麻衣さんが倒れないようにって…ねぇ麻衣さん?」

「麻衣さん、気分が悪いなら横になった方がいいですよ?もし良かったら俺の膝で…」

 響は立ち上がると麻衣の隣に座って自分の膝を叩いた。

「お、お前ら…麻衣から離れろー!」

 陸は噛み付きそうな勢いで二人に向って突進した。

 悠斗を引き剥がして響を突き飛ばすと隣に座って麻衣を胸に抱き寄せた。

「気安く触るんじゃないっ!」

 その場に居た全員から笑いがこぼれた。


 これで一応めでたしめでたし…だな?

 思ってる以上に陸は後輩に慕われてて彼女に愛されていてきっとこれからも大丈夫だよな。

 誠は陸の笑顔を見ながらホッと胸を撫で下ろした。

end

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