『-one-』

ホストとOL P10


「フゥ…」

 仕事を終えて部屋に帰って来た陸はベッドに寝転ぶ。

 ネクタイを緩めながら口元も緩む。

「タグチマイ…かぁ」

 常連の美咲が連れて来た初めての客の顔を思い浮かべる。

 店の前でぶつかった時の顔。

 強張って固まった顔。

 耳にキスした時の顔。

 そして外まで聞こえていたトイレでの独り言。

「ククッ…可愛いー」

 中塚陸、20歳にして『CLUB ONE』のNo.1。

 19歳の時にオーナーの誠に拾われて裏方で働きながら20歳でホストデビュー、一年弱でNo.1までになった。

 初めはホストなんて女の喜びそうな事を言って酒を飲むだけの楽な仕事だと思っていた。

 実際に始めると辛いばかりの仕事だった。

 けれど自分に残されてるのはこれしかない、拾ってくれた誠に恩返しがしたいとがむしゃらにやってきた。

 最近になってようやく来てくれる女性を楽しませてあげたいという誠の気持ちが分かるようになって仕事が面白くなってきた。

 けれど今日はホストだという事を忘れてしまうくらい舞い上がっていた。

「すげぇ…怒ってたなぁ…」

 陸は上着のポケットに手を突っ込んだ。

 手にしたのは可愛いストラップの付いた折りたたみの携帯電話。

 怒って席を立った麻衣はそのまま店に戻って来る事はなかったがまるでシンデレラのように落し物を残していった。

 手の中で携帯を弄ぶ。

 連絡がくるかもしれないと持って帰って来たが一向に掛かってこない。

 それどころかメールの一通も届かない。

「…彼氏居ないといいな」

 小さな声で呟く。

 今までにも忘れられない客はたくさんいた。

 今日出会った麻衣だけは特別だった。

 自分からまた「会いたい」と思ったのは初めてだった。


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