『いつかの夏へ』
1

 傾いた日差しが部屋の奥まで差し込んで顔を照らした。

 流れていた音楽はいつの間にか止み、ペットボトルの水はぬるくなっていた。

 涙は乾く前に次の涙が頬を伝っていた。


 10年前の出来事が溢れ出し私の心を埋め尽くした。

 あぁ…まだこんなに好きだったんだ。

 私はこの気持ちをどうにかしたくて携帯を手に取った。

「もしもし?…夏?今日会えるかな?」


 日が傾いて暗くなると約束の時間に夏が現れた。

 いつもの居酒屋の一番奥の席に座る私を見つけて手を上げる。

「珍しいじゃない。一緒に飲もうだなんて!」

「優くん、大丈夫?」

「平気!平気!旦那が見てくれてるし!」

 夏は何年か前に結婚して可愛い男の子を産んだ。

 夏に似て目のパッチリした元気のいい男の子だった。

「で、何があったの?」

「エッ?アハハ…夏には何もかもお見通し?」

 私はまいったな…と笑った。

 夏も当たり前でしょと胸を張っている。

「でもまぁ…そんな顔してたら私じゃなくても分かるけどね」

 私は隠すように目元を手で覆った。

 どんなに冷やしても隠し切れない目の腫れはどんな言葉よりも雄弁だった。

「さぁ話して!恋愛の達人、夏様が聞いてあげましょ!」

 夏は自分の胸をドンッと叩いた。

 その姿があまりに滑稽で私は声を上げて笑った。

 そして私はてっちゃんに会った事、雅樹が戻って来た事を夏に打ち明けた。

 夏は黙って聞いていた。

 雅樹が戻って来たと言った時には小さく息を飲み閉じた瞼が微かに震えていた。

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