『拍手小説』
GW【和真&かのこ】

 地下駐車場にキャリーバッグのタイヤの音と二つの足音が響く。

「さっさと歩け」

 三歩ほど後ろ歩くかのこを振り返って声を掛けたのは和真。

 いつものスーツではなくカジュアルな服に身を包み、髪型もオールバックではなく前髪を下ろしいつもより若々しい印象。

 一方……かのこもカジュアルなパンツスタイル。

 昨日から世間はGWに突入して二人の勤めるキサラギも超大型連休の真っ最中だった。

 だがなぜか浮かない顔のかのこ。

 右手にはキャリーバッグが握られているものの、その足取りは重く口をへの字に曲げ上目遣いの視線は恨めしさでいっぱいだ。

「かのこ、いい加減にしろ」

 なかなか歩の進まないかのこに焦れたように和真が声を荒げた。

 それも逆効果でかのこの足取りはさらに重たくなったようで今にも止まってしまいそうなほどになってしまった。

(こんなはずじゃなかったのに……)

 かのこは唇を尖らせて少し前で立ち止まっている和真を睨む。

「何だよ」

「別に……何でもありませんよーーーーーーだ」

「それが何でもないという顔か!」 

「ふんっ!」

 本格的にヘソを曲げかのこは足を止めた。

 引っ張っていたキャリーバッグに手を掛けながらしゃがみ込んでしまうと和真は盛大にため息をつき渋々といった表情でかのこに近付いた。

「さっさと立て」

「…………」

「かのこ」

「…………」

「いい加減にしろ」

「だって……」

 怖い顔で見下ろす和真の顔にさすがにうろたえる。

(でも、私が悪いんじゃないもん)

 そう言いたくても言えないのは悪いのが和真だけじゃないと分かっているから、それでも納得がいかなくて子供みたいに駄々を捏ねて和真を困らせている。

「嫌なら帰るか、そんなんじゃ俺もお前も楽しくないしな」

「えっ……」

 突き放すような冷たい声にかのこの瞳は不安に揺れた。

 少しだけワガママを言うつもりだったのにやり過ぎてしまったのかもしれない、かのこは焦って慌てて立ち上がると傍らに立つ和真の袖口を掴んだ。

「何だよ」

 すぐに言葉の出てこないかのこに和真が返したのは冷たい声と視線。

 かのこは謝罪の言葉を口にしたくても上手く声に出せないもどかしさから袖口を掴んでいた手を離し少し冷たい和真の手を握った。

「帰らな……い」

「もういい。嫌がるお前に無理強いさせるつもりはない」

 いつもしていることは棚に上げ、和真は殊勝な顔つきで言いさらに言葉を続けた。

「いつも忙しいくてかのこに寂しい思いをさせているのにこんな顔させるなんて俺は恋人失格だな」

「か……ずま?」

「俺はただ……かのこと一緒に居られる時間が欲しかっただけなんだ」

「私……私も和真と一緒に居たい。ワガママ言ったりして……ごめんなさい」

「でも、嫌なんだろ?」

「ち、違う……の。私が勝手に旅行だって勘違いして……和真と一緒に居られるならどこでもいい」

「俺もお前がいれば……何もいらない」

 十日分の泊まりの用意をするようにと言われ旅行だと楽しみにしていたかのこ、だがその行き先が和真の部屋だと分かり迎えに来た車の中からずっと不機嫌だった。

 けれど和真は一言も旅行とは言ってないの一点張り、和真の言葉の足らなさを責めたが勘違いした自分も悪かった。

 せっかくの連休を台無しにしたくないかのこは先に折れるしかなかった。

 和真は左手でかのこの腰を抱くと右手でキャリーバッグを引いて歩き出す。

 甘いささやきにすっかり酔ったかのこは和真の体に腕を回し、寄り添いながら染めた頬を逞しい和真の胸に寄せた。

「ワガママ言ってごめんなさい」

「そう思ってるならどうすればいいか分かるな?」

 低い声で囁かれただけでかのこの体がビクッと反応した。

 腰を抱いていた和真の手が優しく撫でるように動くと俯いているかのこの頭がそわそわと揺れる。

「かのこ?」

 十泊分の用意が詰め込まれたキャリーバッグの重いタイヤの音が止み、和真は慣れたエレベーターのボタンを押す。

 ゆっくり下降してくるエレベーターの階数を目で追いながら待つのはかのこの言葉。

「…………お、お仕置きして……下さい」

 消え入りそうなかのこの声は和真の機嫌を直すには十分すぎるほどだった。

 ――ポーン

 エレベーターの到着の音と重なるように和真が小さく笑ったがその声はかのこの耳まで届かなかった。

「安心しろよ。可愛がってやるから」

 自分の部屋の階のボタンを押した和真は不安と期待の入り混じった瞳のかのこに優しく微笑んだ。

end

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