『拍手小説』
GW【頑張れお兄ちゃん】
「どこでもいいぞ〜!」
岡山家の長男拓朗はいつになく機嫌が良かった。
いつもならテレビを見ながら携帯ばかりをいじっている珠子にお小言の一つでも言うはずなのに隣で珠子がメールを打っていてもニコニコしている。
そんなご機嫌な拓朗に珠子は首を傾げる。
「お兄ちゃん、バイトは?」
「家庭教師は休みだし、コンビニは休みを貰った! 安心しなさい」
(……大丈夫なのかな?)
そんな妹の心配にも気付かないほど拓朗の機嫌がいい理由は明日から始まる連休だった。
大好きで大好きで大好きな妹の珠子とどこへ遊びに行こうかとそればかりを考え、日夜励んでいるバイト代はこういう時のためにあるんだと胸を張っている。
「映画でも見に行くか?」
「んー」
「遊園地でもいいぞ!」
「んー」
「水族館でペンギン見るか?」
珠子がいくら素っ気無い返事をしても拓朗がめげることはなかった。
この際どこにも出掛けられなくても珠子と過ごせる時間を邪魔する者は誰も居ないと分かっているからこそ出るこの余裕。
拓朗にとって最大の敵である親友の庸介がこの連休は仕事で忙しいことは既に調査済み。
「明日は沙希とカラオケだよ」
「明後日でもいいぞ」
「明後日はパパと買い物」
「明々後日は?」
「明々後日はママと秋おばちゃんとお出かけ」
庸介の母親の名前が出てピクッと反応した拓朗だがさすがに文句は言わず小さく頷いた。
(ちょっと待て……)
連休は何日あったのか慌ててカレンダーを確かめる。
珠子の予定はすでに三日続けて埋まっていたが残り半分残っていることを確認して拓朗はホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ次の日……」
「その日はー秋おばちゃん達と温泉に一泊旅行だよー。お兄ちゃんも一緒に行くんだよね?」
「あぁ……そうだったな! そうだ温泉に行くんだったな」
(な、何てこった……すっかりその予定を忘れていたじゃないかっ!!)
温泉に行けるのは楽しみだが珠子と二人で遊びに行かないと意味がない。
だが休みは残り一日ある、その日にめーいっぱい珠子を独り占めすればいいと自分を慰めた。
「あ、そうだ。お兄ちゃん!」
「どしたー? 何でもお兄ちゃんに言ってごらーーーん」
珠子に呼びかけられて拓朗はだらしなく鼻の下を伸ばした。
「旅行ね、庸ちゃんも来れるようになったんだって! 急にお仕事休みになったとかで……だから旅行の次の日は……」
珠子はそこまで言って口を噤んだ。
放心状態の拓朗にそれ以上言ってはいけないとすぐに察することが出来た。
「ら、来週の土曜日と日曜日……なら……」
慌ててそう切り出した珠子、だが時既に遅し……拓朗の魂はとっくに抜け落ちている。
「お兄ちゃんもいつまでも珠子に構っていないで彼女でも出来ないのかしら」
呆れたようにため息をつく母にウンウンと頷く父の姿。
連休前夜の岡山家はいつもとあまり変わらなかった。
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