『拍手小説』
も3-1

 日中吹く風も涼しくなって来た秋の日の午後。

 中塚家のリビングではいつになくゆっくりとした時間が過ぎていた。

 午前中に買い物を済ませ昼は麻衣の作ったパスタを食べると借りて来たDVDを見ることにした。

「腹……減った」

 先の読めない展開のサスペンス物を食い入るように見ていた陸はエンドロールが流れ始めるとボソッと呟いた。

 陸の腕の中にいた麻衣は振り向いた。

 二人はソファに座らずラグに足を投げ出して座り陸は麻衣を抱きしめて肩に顎を乗せている。

「パスタ足りなかった?」

「そんな事ないと思うけど飯食ってから二時間くらい経ってるし」

 映画を見ていて気が付かなかっただけでもう三時を過ぎていた。

「何か作ろうか?」

「んー……なんかある?」

「大丈夫。ちょっと待ってて」

 麻衣はキスをして立ち上がるとキッチンへと向かった。

 そして三十分後。

「麻衣ー、もう限界だよぉ」

「ごめんごめん! もう出来るから」

 本格的に空腹を訴え始めた腹に耐えかねて陸はキッチンを覗き込んだ。

 顔を上げた麻衣が振り返ると陸はキッチンへと足を踏み入れて麻衣に抱き着いた。

「お腹空いたぁ」

 少し甘えた声を出して麻衣の横顔に頬をすり寄せてからチュッとキスをするとオーブントースターがチンと音を立てた。

 その音に麻衣はシリコン製のキッチングローブをはめると中からキツネ色に焼けたスイートポテトを取り出した。

「美味そぉ! ね、食っていい? いい?」

 キッチンにほんのりと甘い香りが漂うと陸は目を輝かせると楕円に丸められたものを一つ掴んだ。

「――ッチ!!」

「出来たばかりなんだからっ! 火傷しても知らないよ」

「ふぁい……」

 アチアチと両手でお手玉のように持ちながら一口かじると熱そうに口を開けている。

 麻衣は飲み物にとお茶を用意している間に陸はもう三つ目を掴んでいる。

「美味いぃぃ。甘くてしっとりしててやっぱり麻衣の作るものは何でも美味しぃ」

 陸は指に付いたものを舐めながらニッコリ笑う。

 立ち食いはお行儀が悪いと思いながら麻衣も一つ食べ始めると陸は四つ目を手に取った。

「ねぇねぇ、麻衣。甘い物食べるとしょっぱい物食べたくならない?」

 立ち食いのまま淹れたてのほうじ茶を啜っていた陸がボソッと呟くと麻衣は得意げな笑みを浮かべた。

「これ、食べてみて?」

 ゴマのかかった拍子切りのさつまいもの入ってる器を差し出した。

 陸は首を傾げながらも一本指で摘まんで口に放り込んだ。

「美味いっ! なにこれっめちゃめちゃ美味いっ!」

「良かった! チンしたさつまいもをバターと塩で味付けしたの」

 陸の反応を見た麻衣は嬉しそうに笑う。

「麻衣を奥さんに出来て俺すっげぇ幸せ。大好きっ」

「ふふっ。ねっ、食べながら今度はラブストーリーに付き合って?」

「もちろん!」

 二人が合わせた唇はほんのりしょっぱくて甘い味がした。

end

―46―
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