『拍手小説』
も1-1

『幸せの朝』


 甘い匂いに誘われるように目を覚ましたのは太陽も高く昇った昼近く。

 くぁ〜と欠伸をして寝癖の付いた髪に手をやりながら匂いの方へ引き寄せられるように歩いて行く。

「おはよー麻衣ちゃん」

 キッチンに立っている麻衣に声を掛けた。

 髪を後ろで一つに束ねてエプロン姿の麻衣は生クリームを泡立てていた手を止めた。

「おはよう、陸」

 麻衣の後ろに立ち腰に手を回すと朝のキスを交わした。

 いつもならすぐ離れるが抱き着いたまま目の前のボールに指を突っ込んだ。

「こーらっ!」

「ん〜美味しっ」

 八分立ての生クリームを指で掬って口に運んだ。

 甘い香りが口の中に広がった。

 少し膨れっ面の麻衣の頬にキスをする。

「麻衣も甘い匂いがする〜」

 麻衣の首筋に顔を埋めてギュッと抱きしめた。

 香水を付けていないのに麻衣の体からは甘く芳しい香りが漂っていてそれはどんな香りよりも癒してくれた。

 胸いっぱいに息を吸い込み体中を麻衣の香りで満たす。

 チュッと最後に首筋にキスをして離れた。

「陸…22歳のお誕生日おめでとう」

 離れた陸に今度は麻衣が背伸びをしてキスをする。

 もう何回その言葉を聞いたか分からないけれど一番言って欲しい人からのその言葉が何よりも胸に響いた。

 さっき離れたばかりなのに…。

 陸はたまらず麻衣の腰を引き寄せて小さな体を腕の中へと収めた。

「ありがとう。22歳になって初めての朝に麻衣と一緒に居られるのがすごく幸せだよ」

 夜を一緒に過ごす相手はたくさんいる。

 けれど朝を一緒に迎えられるのもこうやって自分の為に朝からケーキを焼いてくれる人は一人しかいない。

 今この腕の中にある幸せが何よりも大切で何よりも愛しい。

 この先も朝を迎える時には必ず麻衣がそばに居てくれる事…それが俺の幸せだと思う。

「私も陸のそばに居られて幸せ。これからもずっとそばにいさせてね」

「もちろん」

 甘い香りに包まれた二人は負けないくらい甘いキスを交わした。

end

―35―
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