『拍手小説』
【1:和真&かのこ】
広いリビングにはお店でしか見たことがない大きなテレビ、いつもより明度を落とした照明のせいか大きな画面に映し出される映像は映画館のような迫力がある。
「もうっ! 字幕消したらダメッ!」
「うるさい。せっかくの映画が台無しになるだろ」
明日から連休だからと今夜はちょっと夜更かし、借りてきたDVDを1本目を見終わって続いて2本目は洋画のサバイバルホラー。
1本目はマンガの実写化だったラブコメのせいか、つまらなそうにしていた和真は2本目はコレと自分で選び出した。
「字幕がダメなら吹き替え!」
「問題外」
英語がペラペラの和真が私の手からリモコンを取り上げてしまう。
本編が始まってすぐにそんなやり取りをしたけれど、早口の英語は何を言ってるのかまったく分からない。
「どうした。お前も見たいって言ってたんじゃないのか?」
「だって……何言ってるか分かんない」
「お前はもう少し英語を勉強しろ。あんな簡単な言語、覚えられなくてどうする」
「別に覚えなくてもいいもん。だって――」
「日本から出ないから大丈夫、か?」
言おうとしていた言葉を攫われてしまいムッとしてしまう。
「まあ、話せない方が俺の側から離れないだろうし、その方がいいかもな」
「……え?」
和真の言葉に気を取られてしまい、せっかく画面に字幕が出るようになったのに、横に並ぶ和真の顔を振り返ってしまった。
ラフなシャツ姿に額に掛かる前髪、仕事中とは違うリラックスした姿、手にはいつものお洒落なグラスではなくコンビニで買った発泡酒の缶。
水っぽいとか甘いとか文句を言いながら足元には空いた缶がいくつも転がっている。
「どうした?」
聞きながらその理由を分かっているような意味深な笑みを浮かべ、瞳の奥には仕事中には見せることのない色が浮かぶ。
「な、なんでもない……」
ジッと瞳を覗き込まれると恥ずかしくなってしまい慌てて視線を画面に戻した。
ゾンビが出て来て胸がドキドキする、でもそれとは違う理由でドキドキはどんどん大きくなって、字幕を目で追えない。
「かのこ」
いつもより低い声が名前を呼ぶ。
缶を持っていない手が伸びる気配に身構えていたのに、和真とは反対側の耳の後ろを撫でられたら、思わず手に持っていた缶を落としそうになってしまった。
「どうした、脈が速いな」
耳の後ろに触れる和真の指先の冷たさに体が震え、冷たく感じるのは自分の身体が火照っているからだと分かるとさらに熱が上がった。
映画どころじゃなくて視線を落とすとすぐ側で衣擦れの音がする。
「今夜は『オールでDVD』じゃなかったのか?」
からかうように笑う和真の声に交じって、缶がフローリングの床に置かれる音が聞こえた。
この後何が待っているのか、頭が自覚するよりも早く期待する身体のせいで、不自然なほど大きく喉が鳴ってしまう。
「今夜はオールで……何がしたい?」
耳元で直接囁き込まれて背中にゾクゾクと欲情が走る。
「今夜は……オールで……」
いつもはビターな和真の言葉が今夜はやけに甘い、画面の凄惨なシーンも叫び声もとっくにどうでも良くなっていた。
すぐ側にある和真の身体の熱を早く感じたいけれど、自分から口に出す恥ずかしさに戸惑ってしまう。
「自分から言えない?」
珍しく優しい言葉はたった一言で酔わすのに十分で、真っ赤な顔で肯くと和真の腕が伸びてあっという間に視界には天井と色っぽい和真の瞳。
「今夜はオールで……」
和真の親指に唇をなぞられて、待ちきれない身体が薄く唇を開いてため息をこぼす。
「ヒアリングの勉強だ」
「ヒ……え、ひあ?」
思ってもない言葉に驚きを隠せずにいると、その反応に満足したのか和真が愉しげに唇の端で笑った。
「Come closer to me」
「な、なに……」
「今夜は俺が一晩中英語を聞かせてやる。ただし……教えるのは二人きりの時しか使えないものだけな。それ以外は覚える必要ない、俺がいるからな」
さっきの言葉を思い出してドキドキした、海外へ行く時はいつも一緒だと言っているように都合よく聞こえてしまう。
それからすぐにテレビから何の音もしなくなると、自分の速い鼓動が和真に聞かれてしまうんじゃないかと心配になった。
「ほら、お前も英語で何か言ってみろ」
そんなこと言われても困る。
英語なんてとりあえず勉強しただけで、実用英語なんて何一つ身についていない。
「こんな時に言う言葉の一つくらい、知ってるだろう?」
意味ありげに言われて真っ先に頭に浮かんだ単語に口にしていないのに頬が熱くなる。
「聞かせろよ、かのこ」
何もかもお見通しの和真が甘い声で唆す。
「I……,I love you」
発音はめちゃくちゃなはずなのに、和真は満足そうに肯きながらゆっくり近付いて、唇が重なる前に「me too」と囁いた。
end
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