『拍手小説』
【海&ひな】
吹き抜ける風がスカートを揺らすとひなは小さく身体を震わせた。
「んー……来ないのかなぁ?」
いつもなら終わる頃には店の前にいるはずの海の姿が見えないことに首を傾げた。
何か急な用事が出来たかもしれない、行き違いになったら困るからと、ひなが携帯を取り出すと自転車のブレーキ音がした。
「悪い! 遅くなった」
「ううん! 大丈夫!」
よほど急いで来たのか息を乱した海はヒラリと自転車から降りる。
「嘘つけ。バイトとっくに終わってただろ? あーマジで悪い」
「だからいいって。それより何かあったの?」
「いや……別に何かあったってわけじゃねぇけど……」
何となく誤魔化されたような気がしたが、海が自転車を引いて歩き出してしまい、ひなは慌てて隣に並んだ。
「ひな、カバン」
「ん、ありがと」
いつものようにひなのカバンを前カゴに入れると代わりに取り出したコンビニの袋を差し出した。
物も言わず差し出された袋を受け取ったひなは袋が温かいことに気付いて思わず中を覗き込んだ。
「全部食うなよ。一個ずつだからな」
袋の中には肉まんとあんまんが一つずつ。
湯気が上がるほど温かいそれらは買って来たばかりだとすぐに分かったひなは海が遅れて来た理由を悟って微笑んだ。
「俺はどっちでもいいから」
ぶっきらぼうな言い方にも関わらずひなは頬を緩ませると肉まんを取り出した。
温かいというよりまだ熱々の肉まんを半分に割ると片方を海へ差し出した。
「半分こ」
「……これもかよ」
少し笑って海が受け取ると二人は黙って肉まんを食べる。
食べ終わると次はあんまんを割って同じように食べた。
束の間のぬくもりにお互いほっこりした気分になり、海は最後の一口を放り込むとボソッと呟いた。
「甘いもん食うとまたしょっぱいのが食いたくなる」
「えーじゃあ、また肉まん買う?」
「晩飯食えなくなるだろ」
「じゃあ先に肉まんにすれば良かったね」
「一緒だって。しょっぱいもん食べたら甘いもん食いたくなる」
「なにそれー」
ひながクスクスと笑うと強い風が吹き抜けて、寒さに思わず首を竦ませた。
さっきまで手にあったぬくもりがないだけで何となく心許ない気がしていると海がひなの手を引いた。
自転車の音と二人の足音だけの静かな帰り道、繋いだ手の温もりは二人の心もじんわりと温かくした。
end
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