『拍手小説』
rain【庸ちゃん&タマ】
この二日降り続いている霧雨の中を傘も差さずに第二の我が家でもある岡山家のチャイムを押した。
走ってすぐの距離だからと思ったがしっとりと濡れてしまった髪や服を払い、右手に提げた撮影で行った海外の土産を手渡すといつものようにリビングに顔を出した。
「あ……庸ちゃん」
バラエティ番組を見ていたタマが振り返った、テレビからは楽しそうな笑い声がしているのにどうもその顔は冴えない。
おいおい、久しぶりの彼氏を見た顔がそれか?
思わず愚痴りたくなるのを何とか押さえるとタマの横に腰を下ろした。
「どうした?」
「何が?」
一体なんだって言うんだ、昨日電話で話した時はあんなに元気だったのが嘘みたいだ。
ソファの上で膝を抱えて座るタマは視線はテレビに向けられているものの、その瞳は何も見ていないかのようにピクリとも動かない。
これはどうしたものかと思案しているとお茶を出してくれた睦美さんが俺にコソッと耳打ちした。
「今日はお兄ちゃんが……」
「ママッ! テレビ聞こえないっ!」
囁くような声に反応したタマは珍しく声を荒げた。
ははーん、さてはタクとケンカでもしたんだな?
そういえばいつもタマにべったりの超シスコン男が自分とタマの間に割って入って来ないどころか姿も声もないことに気が付いた。
「原因はなんだ? また小うるさいことでも言われたか?」
すっかりへそを曲げているタマの髪を撫でてやると可愛い唇をまるで子供みたいに突き出した。
それでもよほど言いたくないのか頑として口を開こうとしない。
どうやって口を割らせようかと思っている所へ睦美さんがクスクス笑いながらさらに俺の耳の側で告げ口をしてくれた。
「合コンに行ってるのよ」
「合コン!? へーーアイツがーー珍しいなぁ」
「どうしても人数足りないとか、誘ってくれた人に借りがあるとかなんとか、聞いてもいないのに珠子に言い訳しながら出て行ったの」
クスクスと笑うとタマの雷が落ちる前にと足早にリビングを出て行った。
あの拓朗が合コンに参加していることも驚きだったが、それよりもタマがそこまで機嫌を損ねていることの方が驚きだった。
「お兄ちゃんが取られるのが寂しいのかー?」
からかうように頭をポンポンと叩いた。
だって正直面白くない、たまにしか会えない彼氏がこうして来ているのに兄の合コンにむくれて笑顔も見せないなんて。
「別に寂しくなんかないもんっ!」
「じゃあどうしてそんなに拗ねてんだよ。そんなことならお兄ちゃん行かないでーって泣き真似でもすりゃー良かっただろうが。そしたら尻尾振ってタマの側にずっといるに決まってんだろ。つーかさ、たかが合コンでグダグダ言うなよ。今時誰だって行くだろ」
自分をないがしろにされているのが面白くなくてついつい言ってしまった。
さすがにこれは大人げなかったかもしれない。
拗ねていたタマの瞳にみるみるうちに涙が盛り上がっていくのを横から見ながらさすがに焦る。
「も、もう……帰って来んじゃねぇの? もう九時だしな、そうだ電話でもしてみたらどうだ?」
九時に終わる合コンなんてないだろ、自分で突っ込みながらもこの非常事態を切り抜けるために携帯を手に取った。
だがボタンを押す前に涙目のタマに睨まれて手が止まる。
「どうした?」
「………………」
「は? 何だって?」
「合コン。お持ち帰りとかしちゃうんでしょ? その日のうちにし、しちゃうこともあるんでしょ? マンガ、で、読んだ」
「あぁ……まぁ、そういう場合もあるよな」
一体どんなマンガ読んでんだよっ!
昔はあんなに素直でいい子で可愛かったタマがどうも最近マンガに感化され過ぎているような気がして怖い。
よからぬ知恵が付かなければいいがとついそんなことを思ってしまう。
「お兄ちゃんくらいの年だとみんな合コンは当たり前なんだって。………………だからね」
「ん?」
「庸ちゃんはモデルとかやってるし……みんなにモテモテだから……合コンの帝王、だって……お兄ちゃん、言ってた。…………ほんと? 毎日のように合コン行って自分の周りに可愛い女の子を座らせて高笑いしてるの?」
「……………………」
タークーローーーーー!!
何変なこと吹き込んでんだよ。つーか帝王ってなんだ俺がいつ高笑いしたんだよっ!
自分を正当化するために俺を利用するな! しかもそんなうそ臭い話を信じ込ませてるって一体どんな風に話したんだか……。
後で帰って来たら一発は殴ってやると思いながらふと気付く、もしかしたら機嫌が悪かったのってタクが合コンに行ったからじゃなくて俺の話を聞いたから……なのか?
「タマ、お前……もしかして……」
「だって……まだお酒飲めないし、きっと綺麗なお姉さんの中に入ったら私なんて子供で……合コンは地味な女の子は相手にされないんだよ? 庸ちゃんも……そうかもしんない」
いや……だから……俺が合コンへ行くって前提で話すんなっつーの。
それに誰がタマを合コンなんかに参加させるかよ、地味な女の子は相手にされないとか言ってるけどタマみたいのが参加したらあっという間に酔わされてホテルに連れ込まれて……。
その後のことは考えるのも想像するのも腹立たしかった。
「飲み会に参加するくらいなら、俺は半べそ掻いてる可愛い誰かさんの顔を見に帰るけどな」
少し赤くなっているタマの鼻の頭を突付いてやる。
きょとんとしたとぼけた表情が可愛い、今すぐ抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。
きっと本人はそんなこと分かってないだろうな。
「だいたい肝心なとこ抜けてんだよ。可愛い彼女がいる奴は合コンに参加しちゃいけねぇんだよ」
「でも、友達と飲み会だとか嘘付いて参加したりするんでしょ?」
それもマンガ情報……なのは間違いないだろうな。
まったく困ったもんだ、一体どんなマンガを読んでいるのか今度検閲してやろう。
「タマ、お前さ俺に合コンに行って欲しいの? 俺はタマと付き合うようになってから合コンなんて一回も参加してねぇよ? そりゃ仕事絡みの飲み会には綺麗なお姉さんもいるよ、みんなモデルだしな。でもタマがそれで嫌な思いしてこんな顔するんだったらもう二度と行かねぇよ」
「別に……そんなこと……」
「お前は言ってもいいんだよ? 俺の恋人だからな、して欲しいこともして欲しくないことも俺にワガママ言えるのはタマだけの特権だからな」
膝を抱えていたタマがコテンと俺の方に寄りかかり涙の浮かぶ顔を俺の腕に押し付けた。
触れている腕が熱い、それが少し嬉しい。
色んな情報を目にして耳にしてきっと初めて恋愛の不安や苦しさを感じているんだろうと思った。
俺とちゃんと恋愛してるって分かることがこういう形でも伝わってくると嬉しいと同時に兄の延長じゃないんだとホッする。
「明日……新しい傘一緒に買いに行きたい」
「いいよ」
タマ、お前はゆっくりゆっくり大人になればいいからな。
end
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