『君の隣』
 季節『ある夏の一日'09』 P3 side貴俊


 二人きりになりたいけれど、どうやっても三人なのは変えられない。

 何か良い方法はないかと考えあぐねていると、下から見上げられる視線に気が付いた。

「祐二?」

「あ、あのさ……お前、さっき……」

 離れた所に立っている佐藤のことをチラチラと気にしながら、祐二は何か探るような視線で見上げてくる。

 その少し不安そうな眼差しに見つめられると胸がドクンと鳴った。

(やっぱり……二人きりになりたい)

 こんなことなら海になんて来なければ良かった。

 クーラーの効いた部屋でゲームをする祐二の横、まだ読みかけの小説を読んでたまに言葉を交わして、眠くなった祐二をベッドに寝かせて、嫌がるだろうけどキスしたり……。

「祐二ー! ちょっと来いよー!」

 大きな声で呼ぶ佐藤の声に祐二がハッとした表情でそっちに顔を向けた。

(なんてタイミングの悪い……)

 何の事情も知らない佐藤を責めるのは筋違いと分かっていても、せっかく祐二が自分から何か言ってくれそうだったのを邪魔されたのは腹が立つ。

 戸惑いながらも佐藤の方へ駆け出す後ろ姿を見送っていると、急に立ち止まった祐二がこっちを振り返り迷いながらも戻って来た。

「あ、のさ……お前も来いって!」

 怒っているかのようなぶっきらぼうな口調、乱暴に掴まれた手首、無理矢理引っ張られて歩かされる。

 前を歩く視線を合わせようとしない祐二の耳がほんの少し赤い。

(許して、あげようかな)

 不器用な祐二にとってきっとこれが精一杯、だから佐藤の前に来てパッと手を離しても全然嫌だと思わない。

 さっきよりかなり穏やかな気持ちで祐二の横に並ぶと、佐藤は何かすごく興奮した様子で祐二と俺の顔を見比べた。

「なぁなぁ、ビーチバレー、やろうぜ!」

 唐突に何を言い出すのかと思った、祐二も同じだったらしく首を傾げている。

 だが佐藤は構うことなく目をいっぱいに広げて指を差した。

「あの人達に勝つと、ここの利用料がタダになって三千円分の食事券が貰えるって!」

「マジで!?」

 タダという言葉に祐二は弱い、おまけに負けず嫌いのせいか勝負という言葉にも弱い。

 俺はもう前言撤回しそうになっていた。

 目をキラキラさせて興味のすべてがビーチバレーに向かっているのが手に取るように分かる。

「な、やろうぜ!!」

「おう!」

 二人は同じ部活のせいか息はぴったりだ。

 高校生というよりは中学生のような二人は気合いを入れて拳を突き上げている。

(なんか……怒るに怒れないし、祐二が楽しいならそれでもいいけど……)

 どんな表情をしていても祐二は可愛い、その中でやっぱり子供の頃と同じ屈託のない笑顔を見ていると自分も笑顔になれた。

「すいませーん! ビーチバレー、参加しまーす!」

 意気揚々と佐藤が責任者らしき人に声を掛ける。

 そして対戦相手として出て来た二人組に周りから小さなざめきが起きた。

(あれ……なんか二人の後ろに花が見える……)

 雅則は明るくて社交的でよくモテているし実際カッコイイのだが、この二人を前にしたら雅則もその辺の男と一緒にされてもおかしくなかった。

 一人は染めているだろう蜂蜜色の髪が太陽の光でキラキラと輝き、水着姿で晒された身体は細身だがやせ過ぎているわけでもなくバランスよく筋肉がついている。

 もう一人は少し身長は低いが同じような明るい髪で笑顔になるたびに八重歯が覗き、どことなく祐二と雰囲気が似ているのが気になった。

(まぁ、祐二の方が可愛いけど……)

「で? 今日の対戦相手はおチビくん達かな?」

 ボールを片手で持ちながら、蜂蜜色の髪の男がニヤリと唇の端を上げた。

 こんなあからさまな挑発は俺だったら絶対乗らないけれど、祐二は単純……いや素直だからすぐに頭に血が上ってしまうので……。

 暴走しなければいいけど、と思っているとなぜか祐二は微妙な顔をして一歩後ずさった。

「祐二、どうしたの?」

「なんか俺……あの人、見たことある。ヤバイ、なんか分かんなねぇけど……ヤバイ」

 本能的に何かを感じ取ったのか、祐二の怯えようはただ事じゃない。

(止めた方がいいかな……)

 俺が迷っていると対戦相手の蜂蜜色の方がさらに一歩前へ踏み出した。

「負けると分かっているなら、最初から引くというのも潔いかもな? 今日の俺には勝利の女神がついてるし、誰が来ても負ける気がしねぇから」

 自信たっぷりの男の挑発に、どうやら祐二の中で怯えよりも負けず嫌いが打ち勝ったらしい。

 やる気が漲った祐二と佐藤は、どう見ても無謀な戦いに挑むことになった。

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