『日日是好日』
第二話『サラリーマンの俺とカオルの生態』 P1


 社会人の休日は結構忙しい。

 大学に入って実家を出てから一人暮らし歴は十年以上、学生の頃はどんなにいい加減でも何とかなった。

 でも社会人になるとそうもいかない。

 まず(当然だが)親からの仕送りが止まる。

 こんな当たり前のことに大学を卒業するまで気付かなかった俺、サラリーマンという名の通り月々のサラリーが俺の収入のすべてになった。

 これで遊び放題なんて思っていたら大きな間違いで学生の頃と同じように生活してたらあっという間に給料日前に悲しいことになる。

 言うまでもなく親に泣きつく……なんて格好悪い真似も出来ない、というより「働いているのにどういうことだ」ネチネチと説教されるのが目に見えている。

 そんな理由から一番最初に身に付けたのが自炊。

 毎日コンビニ弁当じゃ金は掛かるし結構飽きてくる、だからといって外食しようものならラスト一週間はほとんど何も食べられないなんて悲惨な状況。

 そこでずっと埃の被っていた炊飯器を持ち出して米を研いで卵を焼いた、確かこれが一番最初の手料理。

 そして社会人たるもの身だしなみに気をつけなくてはいけない。

 もちろんシャツがヨレヨレでは話にならないし、くたびれた靴を履いて行くわけにもいかない。

 学生の頃のようにTシャツにジーンズ、少しくらい伸びてたって色が褪せてたって、誰にも迷惑かけないぜ! なんてありえない。

 洗濯は小まめに。

 さすがに洗濯物の山を持って頻繁に実家に帰れるほどの気力は新入社員の俺には皆無、必然的に洗濯機を購入して初めて「母さんってすごい」と思った。

 今では新米主婦とあまり変わらない程度までやれている。

 そんな男の一人暮らしに潤いを与えるのが恋人の存在で、今までも一人暮らしが二人暮しになったりしたこともあった。

 ただ、続いても半年とか、三ヶ月とか。

 男同士だから仕方がないのかもな、なんて開き直っていたのだが……。

「カオ……」

 台所に立っていた俺は顔を上げ声を掛けようとして口を噤んだ。

 二人掛けのダイニングテーブルで黙々とスナップえんどうの筋を取っているのは今の同居人で恋人でもあるカオル。

 ヒョロっとした背中を丸めて丁寧に筋を取っている、スピードはかなり遅い。
 料理の下ごしらえの為にしている、というより筋を取ることを楽しんでいる、みたいだ。

 みたいだというのはハッキリ分からないからだ、カオルはあんまり感情を表に出さない、でも嫌なことは絶対にやらないからきっとこれは楽しんでいるに違いない。

「出来た」

 小さな呟くような声が聞こえてカオルの手が止まった。

 どうやら取り終わったらしい。

 俺はさっきから湯が沸いている鍋をチラリと見てホッとした。

 カオルはあまり器用じゃない、いやハッキリ言って不器用な方だと思う(絵を描くことに関しては違うが)そして何よりマイペース。

 俺はあまり気の長い方じゃないが、なぜだかカオルのマイペースだけは許せてしまう。

 だから沸騰している湯が鍋の中でグラグラしていても、キレイに筋の取れたスナップえんどうを嬉しそうに眺めているカオルに早く持ってこいなんて言えるわけがない。

 むしろ……そんな風に笑うカオルの横顔を見ていることが幸せとさえ思っている。

 ハッキリ言って俺はカオルにベタ惚れだ。

 肩の辺りまで無造作に伸びた茶色の髪、邪魔だからとよくヘアバンドで顔に掛からないようにする、けれど何かと理由をつけては髪を切りに行こうとしない。

 俺は自分の硬い短髪と違い柔らかくて長いカオルの髪を触るのが好きだから一向に構わない。

 そんなカオルは一見すると病弱な少年のように見えた。

 もちろん少年なんて呼べる年齢ではないが細い体に幼い作りの顔のせいかもしれない、それに……俺はカオルの体勢を見ながらそれも原因じゃないかと思った。

 ダイニングテーブルの小さな椅子の上で体育座りをして、しかも抱えた膝の上に顎を乗せている。

 一度真似してやってみたことがあるが……何十分も続けられるような楽な体勢とは言い難い、しかも椅子の上という限られたスペースの中ではなおさらだ。

 けれどカオルにはそんなこと関係ないのか何時間でも体育座りをしていることもある。

 体育座りをするとカオルの細い体はとてもコンパクトで、そんなカオルの体を後ろから抱きしめるのが好きだ。

 まぁ、椅子の上では無理な話だが。

 そんなことを考えながらまたチラリと鍋の中の湯に視線をやる、気のせいか少し減っているような気がしてさすがに火を止めるかと手を伸ばすと目の端でカオルが動いた。

「ガクさん、取れた」

 俺の大好きなカオルは誇らしげな顔でスナップえんどうの入っているザルを差し出した。

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