『日日是好日』
第七話『ボクにとってのガクさん』 P1


 小さな庭で洗濯物を取り込んでいると、風に運ばれて金木犀の香りがふわりと揺れた。

 すっかり暗くなってしまった空を見上げても、昼間の秋空の面影はないけれど、ひんやりした空気はしっかりと秋だと教えてくれる。

 季節はあっという間に過ぎていく。

 ボクがガクさんと暮らし始めて三年が過ぎた。

 思い返せばあっという間の三年間、でもボクにとって大きな三年間。

 ガクさんはボクには返せないほどの幸せをくれて、初めの頃はそれがすごく怖かった。

 ずっと不幸せなら、幸せなのと変わらない。

 でも抱えきれないほどの幸せを与えられた後、それらをすべて取り上げられることは、とても不幸せなことだと思う。

 ガクさんとの生活が幸せであれば幸せであるほど、ボクは怖くて堪らなかったけれど、ある日ガクさんは言ったんだ。

「俺の家族に会ってくれるか?」

 その時のボクはあまり深く考えなかったけれど、初めて訪れたガクさんの家で、ボクはそれがとても大切な言葉だと知った。

「岳のことよろしくお願いします」

 お互いの紹介が済むと、ガクさんのお母さんはそう言って頭を下げた。

そこで初めてボクはそのやり取りが、まるで結婚の挨拶でもしているようだと気が付いた。

「ガクさん、ボク……」

「カオルは家族は雪さんだけって言ってたけど、これからは俺の家族もお前の家族だからな。当然、俺もだぞ」

 隣に座っていたガクさんの言葉に、顔を上げれば向かい側に座る二人は、小さく頷いてくれた。

 ガクさんのお母さんとお父さんは、とても優しそうな顔をしていて、ボクはガクさんが優しいのは二人の子供だからなんだ、って変なところに感心してしまった。

 ボクなんかがガクさんを独り占めしていいのか、こんな優しそうな人たちを家族なんて思っていいのか、ボクはそう思ったら涙が出て来た。

「カ、カオル!? どうした!? どっか痛いか?」

 慌てたガクさんの声に首を横に振ったけど、本当は胸がドキドキしすぎて痛い。

「ボク、これからも……ガクさんとずっと一緒にいて、いいんだ」

 思いを口にすればより実感が湧いてくる。

「居てくれないと、俺が困るだろ?」

 ガクさんの大きな手が、何度も何度もボクの髪をかき回したけれど、ボクはされればされるほど涙が止まらなくなったんだ。

 あの日のことを思い返していると、後ろでカラカラと窓の開く音が聞こえた。

「カーオール。どうした?」

 ガクさんはいつの間にかスウェットに着替えていた。

 サンダルに足を引っ掛けて出てくると、残っていた洗濯物を手際良く取り込んでいく。

「ガクさん」

「ん?」

 ガクさんは出会った頃から変わらない、日によく焼けた肌をして、まるで夏の太陽のように眩しく笑う。

 連休だから剃ってない髭が、朝よりさらに長くなっているのを見ながら、ボクは洗濯物を抱えたままガクさんの肩に額を乗せた。

「ありがと。ガクさん」

「どうした、カオル?」

 少し驚いたガクさんの声に、ボクは「言いたかったんだ」と答えると、ガクさんは逞しい腕でボクの肩を抱いてくれた。

 ガクさんの体温はとても温かい、それは身体だけじゃなくと心の奥ばかりを温めてくれるし、ガクさんの腕はとても力強く、その腕が支えていてくれると、どんな困難に立ち向かえる気がする。

「中に入ろう。身体が冷えちまうぞ」

 ガクさんに腕や背中をさすられながら、ボクは部屋の中へと戻った。

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