姫の王子様

 こんなに緊張したことって数えるほどしかない。

 高校の合格発表の日だって今みたいに足が震えていなかったと思う。

 長い列に並び始めて一時間近く、ようやく次に順番が回って来た。

 持っていた手荷物を預けてしまい、震える手は何も掴めなくて余計に心許なさが強くなる。

「沙希ちゃん?」

「あ……はいっ!」

 緊張している原因の一つ、親友珠子のお兄さんに呼ばれ、声が裏返ってしまった。

「大丈夫?」

 心配そうに顔を覗き込まれて、不意に近付いた顔は見慣れている眼鏡はなく、それが余計に鼓動を跳ね上げる。

「大丈夫、です」

 強がって返事はしたけれど、声がどうしても震えてしまう。

 本当は大丈夫じゃない、ジェットコースターが苦手で、今感じている緊張はそれも原因だったりする。

 でも、言えない。

 だって……クリスマスっていう特別な日に好きな人と一緒にこんな場所にいられるから。

 ただ願うのは、乗った時にみっともない所を見せたくないってことだけ、叶うことのない気持ちでも、やっぱり好きな人の前では少しでも可愛く見せたい。

 不安に呑み込まれたまま、目の前には乗り込むコースターが滑り込んで来た。

 まるで子供みたいにワクワクした顔を見せるお兄さんに何とか笑顔を返す。

 でも、すぐに失敗したと気が付いた。

 係員に誘導されて乗り込むとお兄さんが申し訳なさそうな顔をした。

「もしかして……ジェットコースター苦手だった?」

「あ……」

 すぐに肯定も否定も出来なかったことがいけなかった、お兄さんがしまったという顔をして慌てて周りを見渡す。

「あ、あの……でも乗れないわけじゃないんで、大丈夫……です」

 多分、と心の中で付け加える。

 ジェットコースターは小学生の時以来、自分でも乗った時のことは想像もつかない。

「ごめん、本当にごめん。俺が乗りたいとか言ったからだよなー」

「そ、そんな……お兄さんが謝らないで下さい。私もあの大丈夫かなと思ったから言わなかったし……」

 お兄さんと一緒なら別の意味で緊張するから平気かもと思ったことは絶対に内緒。

 安全バーの確認が終わるといよいよその時が来た。

 ゆっくりとコースターが動き出すと緊張は一気に高まる。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈……」

 自分に言い聞かせるため、声を出していたことさえも気付いていなかった私は、突然バーを握る手にお兄さんの手が重なって驚いた。

「大丈夫。怖かったら俺の手を掴んでて」

 ゆっくりと上がっていく中で、思いがけず繋がれた手に自分がどこにいるか一瞬で吹き飛んだ。

 そろそろ頂上という時に、お兄さんはさらに私の緊張を和らげるためなのか、こんなことを言ってくれた。

「俺ね、ジェットコースター好きだけど、恥ずかしいくらい叫ぶから。そんなの聞いてたらきっと怖いとか思ってる暇なんて思うよ」

 そう言った後に一瞬止まったように感じて一気に降下、そして加速する。

 お兄さんが言った通り、意味不明な絶叫が響き渡った。

end

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