学校では控えめに君の隣

 青稜学園高等部化学室。

 グループに分かれて実験という授業の中でも割と好きな時間、理由は同じグループに中等部の頃から化学部に入っている通称「先生」がすべてを仕切ってくれるからだ。
 今もマイ白衣を着込みイキイキとした表情で試験管を触っている。

(今日も絶好調だなー先生は)

 生徒なのに先生よりも詳しい「先生」によるまるで説法のような実験の解説を、メモを取るフリをして聞き流していると、隣に座っていた日和が肘で小突いてきた。

「もうー祐ー、ちゃんとメモ取ってー」
「んー、ああ……後で日和のプリント見せて」
「ゆーーう?」
「だってメモとかってグチャグチャで後から読めねぇし」

 ほら、と言って初めに少しだけ書いたメモを横に滑らせると、プリントに視線を落とした日和が呆れたようにため息を吐いた。

「でも、実験はちゃんと見てないとダメだよー。今度のテストで出るって先生言ってたでしょー」
「分かってるって」

 日和に返事をした手前、形だけでも実験の様子へ視線を向けようとしたが、不意に視線を感じて顔を上げた。

(……なっ)

 顔を上げて視線を向けた先、隣のテーブルの柔道部のでかい二人の後ろ姿の間から真っ直ぐこっちに視線を向けてくる男。
 視線が合うと嬉しそうに口元と目元が優しくなる、そんな表情を見せられると胸の奥の方がムズムズして困る。

(な、何……見てんだよ)

 気まずさに俯いて視線を逸らして、手に持っていたシャープペンでプリントに意味不明な文字の羅列を書く。

 さっきよりも少し早く打つ胸の鼓動、実験に意識を集中しようとすればするほど、額の少し上に向けられている視線が気になってしまう。

「篠田、これは?」
「えっとね、これは……こっちの……」

 隣のテーブルから聞こえてくる会話にまで耳を澄ましてしまう自分が何だか悔しいけれど、どうしても意識を逸らすことが出来ず、「意地」はあっさりと白旗を上げてしまった。

 そっと顔を上げるとやっぱり目が合った。
 さっき会話が聞こえていたから、きっと実験の方に集中しているんだろう、なんて思っていたせいもあって、目が合った瞬間に心臓が大きく跳ねた。

「(なに、見てんだよ)」

 口パクで相手に向かって言うと、笑みを浮かべていた唇がゆっくりと動く。

(……? なんだ?)

 ことさらゆっくりと動いた唇が伝えてきた言葉は二文字。
 唇をすぼめた後、横に真っ直ぐ引いた。

 何を言ったのか分からなくて首を傾げていると、今度はさっきよりもゆっくりそしてハッキリ動いた。

「(ス)(キ)」

「ば、ばかやろうっ!! 今、授業中だぞっ!!」
「そうだなー東雲。よく分かってるなー、それならどうしたらいいか分かるよなー」

 本物の先生に怒られて、周りからは笑われて、日和にはさらに呆れられた。
 今のは俺が悪いんじゃない、全部全部あんなことを言うアイツが悪い。

(この仕返しは倍……いや10倍にして返してやるんだ!)

 そう心の中で固く決意するものの、声にしなくても気持ちを伝えてきた唇からは、どうしても目が離せそうになかった。


 後日。

「お前な、TPOって知ってるか?」
「ん? time,place,occasionだよね。それがどうしたの?」

 発音が良すぎてムカついたけれど、今はグッと堪えて18センチ上の涼しげな瞳をキッと睨みつけた。

「お前に足りないのはそれだ!」
「ええ? 俺ってすごい常識人だと思うけど」

 一応生徒会長だし、と付け加えられて更にムッとしてしまう。

「常識人は学校とか人前では、ももももっと自重すんだろ、ふつー!」
「んー……」
「あーいうことはなぁ……」
「ああ、そうか! ごめん、祐二。俺の配慮が足りなかったよ」

 もっとごねるかと思ったのに、あっさりと謝罪を口にする貴俊に拍子抜けしながらも、すんなり話が通じてホッと胸を撫で下ろした。

「分かればいいんだよ、分かればよ」
「これから二人きりの時にして欲しいってことだよね。確かに口パクなんかじゃなくて、ちゃんと声に出して言った方が良いに決まってるのに、俺ってばそんな簡単なことにも気付かないなんて」
「…………」
「祐二、どうしたの?」
「何でも、ねぇよ……」

 嬉々としながら首を傾げる貴俊の姿は、素なのかそれとも演技なのか、何となく後者のような気がしないでもないけれど、今は問い詰める気力も沸かなかった。

end


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