体育祭in青稜学園U2君の隣

 2年の応援席ではブスッとむくれた顔をする祐二の姿があった。

「ちょっと、祐〜ぅ! 貴の応援しないのぉ?」
「うるせぇっ!! 俺はパン食うのに忙しいんだっ!!」

 そう言って祐二は右手のカレーパンにかぶり付いたと思ったら、すぐさま左手のクリームパンに向かって大きく口を開いた。

「さっきメロンパン食べたでしょー?」
「ふうへぇ!!」
「もうー、何言ってるか分かんないよー。まったくぅ、そんなにパンが好きならパン屋にでもなればいいのにー」

 まるでリスのように頬をパンパンに膨らませた祐二は、呆れ顔の日和の言葉には耳を貸さずひたすら口を動かしている。

「あ、祐っ!! 借り物競争スタートしたよ!!」

 遠くでパンッとスタートの音が聞こえたし、日和に肩を叩かれたけれど祐二はムキになって顔を上げなかった。

(アイツが来たってなぁ、俺はぜってぇ何も貸してやらねぇんだ!!)

 3つほど前の自分が参加した競技のことを思い出すと、怒りやら恥ずかしさやらが込み上げてくる。
 祐二は「ムキーーッ!!」と叫ぶと、貴俊(実行委員)から強奪したパン食い競争用のパンを乱暴に探った。

「うわぁ、やっぱり貴ってば足速いよねー!! ほらほら、もうすぐ貴が目の前通るよー!!」

 うるさいほどの放送部員の実況に負けず、日和もまたレースの行方を見ながら逐一報告してくる。
 別に気にならないし、貴俊の結果がどうなろうとどうでもいい、そう思いつつも気が付けば顔を上げていた。

 貴俊はちょうどコーナーから反対側のストレートに入る所だ。
 運動部部長が揃っているのに貴俊も負けていない。
 弓道部も一応運動部とはいえ、サッカー部やバスケ部と比べればどちらかといえば文化部よりだ。

(ハイハイ。顔も良くて頭も良くて足も速い。そりゃモテてモテて困るわなぁ、生徒会長さんよー)

 昔からそうだった。
 小学校の時、ゴールテープを一番最初に切るのは貴俊、リレーのアンカーに選ばれるのも貴俊、ここぞという時に名前が挙がるのも必ず貴俊、それは高校2年になるまで変わらない。
 祐二もそこそこ足には自信があった。
 100m走だってそれほど変わらないのに、小学校から現在に至るまでただの一度だって勝てたことがない。

「あ、来るよ来るよ!! 貴〜っ! がんばれぇぇぇぇっ!!」

 綺麗なフォームで集団の真ん中辺りを走る貴俊がクラスの前を通り過ぎる時、周りからは耳が痛くなるほどの歓声が上がる。
 女子の悲鳴のような歓声に顔を顰めながら、一瞬で通り過ぎてしまった貴俊の後ろ姿を目で追った。

(あんなのがいつも隣にいて、卑屈になるなっていうのは無理だっつーの……)

 少し前まで劣等感の塊だった祐二は、活躍する貴俊の姿を見ることが耐えられなかった。
 比べられることが嫌で嫌で堪らなかった。
 でも、それはもう昔の話だ。

「……んだよ。くそっ、くそっ、くそーーーっ!!」
「ちょ、ちょっとぉ、祐!? どうしたの??」

 祐二は食べかけのパンを無理矢理口に詰め込んだ、日和が隣からワァワァ言っているけど聞こえないフリもした。
 それでもドクンドクンと早く打つ心臓の音は無視出来ない。

「篠田くん、本当にカッコ良かったねぇ。ドキドキしたー」

 後ろにいる女子の声が聞こえて来て、祐二は口の中のパンを何とか呑み込みながら俯いた。

(俺なんかまだドキドキしてるっつーの……)

 自分では何とも出来ない心臓の暴走に、鎮まれ鎮まれと呪文のように何度も何度も呟いた。

「ねぇ、祐?」
「な、なんだよ……」

 内緒話でもするのか、日和は顔を近付けると声を潜めて囁いた。
 まだ治まらない心臓の鼓動が日和に聞こえてしまわないか、ヒヤヒヤしながら祐二は日和の方へとわずかに身体を傾けた。

「貴が「好きな人」のカードを引いちゃったらどうするー?」
「はぁ!? そ、そんなの……」

 答えようとして大切なことに気付かなかったことに、たった今気が付いて呆然とした。

「ど、どどどどど……どうすんだよっ!!」

 ことの重大さに気が付いたけれどもう遅い。
 貴俊たち選手の集団はすでにスタート地点で、借り物のカードを引こうとしている。

「貴って常識があるようで、実は結構……周りが見えてない時あるよねぇ」

 まるでひとり言のようにぼそりと呟いた日和の言葉が冗談じゃないことは身を持って知っている。

「あ、あいつ……まさか……」

 最悪の事態を想像して祐二は身震いした。
 それだけは絶対に回避しなければならない、祐二は世界中の神に祈りを捧げながら今まさに白い封筒を手に取った貴俊を睨みつけた。

「あれぇ? 貴、なんかこっち来てない?」
「あ、ああ……そ、うみたいだな」

 今度は全力疾走ではなくゆったりとしたスピードで、さっきと同じコースを走ってくる姿が見える。

(おいおいおいおい……嘘だろ? ダルマも脚立もこっちにはねぇぞ!! つーか、ダルマなんかどこにあんだよっ!)

 色々考えている間に貴俊の姿はどんどん近付いて来る。

(いやいやいや、マズイって……それはかなりヤバイって! 貴俊、正気になれよ。頼むからバカなこと考えんなよ!!)

 もしかしたらクラスの誰かがダルマを持っているのかもしれない、とバカなことをチラッと考えたけれど、真っ直ぐこっちへ向かってくる貴俊にそんなことを考える余裕もなかった。

 気のせいではなく貴俊の視線はこっちを向いている。
 それは近付けば近付くほどハッキリと分かり、そして貴俊がクラスの前で足を止めると、クラスが……いやグランド全体がどよめいた。

 全員が固唾を呑んで貴俊の第一声を待っていた。



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