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『ハロー、カオル』←BLです
昼休み、社員食堂で食事を済ませていつものように自分のフロアにある喫煙スペースへ。
タバコを銜えてブラックコーヒーの入った紙コップを持って窓の外に視線を落とす。
毎日同じことの繰り返しだけれど、こうやって束の間の休憩に思うのはやはりカオルのことだ。
今日の夕飯は何がいいだろう。
冷蔵庫の中身を思い出すと同時にカオルの好物を思い浮かべる。
頭の中がカオルのことでいっぱいになれば自然と手がポケットの中の携帯へと伸びた。
ちゃんと飯を食っているだろうか、自分もたいがい過保護だよな……そんなことを思いながらもすでに指はボタンを押していた。
コール二回で繋がるとすぐに愛しい声が飛び込んできた。
『ガ、ガクひゃっ、ん?』
慌てて出たのだろうか舌を噛んだようなカオルの声、その声の後ろでは何かが崩れた音が聞こえてきた。
「おいおい、大丈夫か?」
雪崩が起きたであろうカオルの仕事部屋を思い浮かべ思わず笑いを漏らした。
『だ……いじょぶ、イッッッ!!』
「カオル!? どうした??」
『本、拾おうとしたら、机に頭、ぶつけた』
「とりあえず椅子に座れ。ごめんな……俺が電話したから驚いたよな」
『ううん。掛けてくれて、うれしい』
もう三年も一緒に暮らしているし、仕事がある日だって朝も夜も顔を合わせて、キスをして抱き合って一緒に眠る。
今朝だって出掛ける直前にいつものように行ってきますのキスをしたのに、こんな風に電話越しでも声を聞くとやっぱり嬉しい。
「俺も嬉しいよ。カオルの声が聞けて」
「……ッ」
電話の向こうでカオルが息を呑んだ気配に今すぐキスしたい衝動に駆られる。
今日は何があっても定時で上がろう、そんな思いがさらに強くなった。
「そうだ、カオル。今日の晩飯、何が食いたい?」
『今日? んと……』
「ん?」
『卵焼き、甘い……やつ』
「こら夕飯だぞ? 卵焼きだけか?」
『え、えっと……それじゃあ……』
「俺が帰るまでに考えておくんだぞ。二人で一緒に作ろうな」
『分かった。ガクさん……電話、ありがと。仕事、頑張って』
「ありがとな。カオルもいい子にしてるんだぞ」
ほんの短い言葉のやりとりだけれど、満たされた心のおかげで午後への活力は十分だ。
電話を切って残りのコーヒーを飲み干そうとすると、喫煙スペースを覗く顔と目が合った。
「どうしたの? 菊ちゃん」
営業一課の働き者、菊原かのこ通称「菊ちゃん」が頬を赤くしている。
「あっ……夏目さん! えっと……あ、すいません。立ち聞きするつもりはなかったんですけど……」
赤い顔の原因が分かって俺も少し恥ずかしくなった。
「ハハハ……変なところ見られちゃったな」
「ぜっんぜん変じゃないです!! なんかすごく羨ましいです……。夏目さんの彼女ってすごく大切にされてるんだなぁって」
彼女じゃなくて彼氏なんだけどね。
あえてそこをスルーすることに抵抗はない、隠したいわけじゃないけれど、まだまだ偏見のある世の中では仕方ないことだ。
「菊ちゃんの彼氏は大切にしてくれないの?」
自分ばかりの話ではと切り返せば、菊ちゃんは面白いほど過剰な反応を見せた。
「あ、あの……えっと……大切にしてくれないわけじゃないけど……大切にされてるという実感というか、えっと……」
しどろもどろで説明をする彼女の向こうに見えた姿に思わず俺は含み笑いをして視線を窓の外に向けた。
「菊原さん、タバコ吸いましたか?」
「か、かずっ、かかか……課長!?」
さらに上擦った声は聞こえなかったフリをして、今頃崩れた本を拾ってるカオルのことを瞼の裏に思い浮かべた。
end
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