メルマガ保管庫

口は禍の門

 立ち読みしていた雑誌を閉じて棚に戻した俺は辺りを見渡した。

 雑誌から小説、マンガだけでなく難しそうな専門書まで揃っている本屋はやたら広い、けれど探していた人物はすぐに見つけることが出来た。

 ちょうど真後ろの棚の反対側、多分女性向けのファッション誌が置いてあるコーナー。

 声も掛けずに近付いて行くと何やら真剣な顔で雑誌を覗き込んでいた。

(なんだ……?)

 ブランド物の服や小物に興味のない麻衣がそこまで何を真剣に見ているのか気になって、気付かれないように後ろに立って雑誌を覗き込んだ。

(…………?)

 見開きのページに載っている写真に思わず首を傾げていると麻衣が顔を上げた。

「あ……陸、もういいの?」

「あぁ、うん。ねぇ……麻衣、もしかしてこういうの興味あるの?」

 用事を済ませたことを告げながらまだ開きっぱなしの雑誌を指差した。

 俺の指の先を追うように麻衣の視線は雑誌の戻り、それからまた顔を上げて俺の顔を見た。

「可愛くない?」

 どうやら興味があったらしく、またすぐに視線は雑誌に戻されてページを捲っている。

(なんつーか……意外だなぁ)

 麻衣が見入っていた写真は携帯をキラキラしたパーツで飾るいわゆる『デコ電』で、バラの花やキャラクターや中にはアイスクリームを模ったパーツで隙間がないほど埋めつくされている。

「いや……可愛いけど、なんか意外だなぁって」

「どうして?」

「こういうのって結構若い子がやってるからさ」

「…………」

 ――バサッ

 乱暴に雑誌を閉じて棚に戻した麻衣は急に歩き出してしまった。

「麻衣? どうしたの急に?」

「どうせ若くないですよ」

 慌てて追いついて隣りに並ぶと今度は低い声が返って来た。

(し、しまったぁ……)

 どうやら俺は思いっきり地雷を踏んだことにまぬけにもすぐに気が付かなかったらしい、すっかり機嫌を損ねてしまった麻衣の横顔は確認するまでもなく怒っていると書いてある。

「い、いや……そういうんじゃなくて……。あーいう派手なのってギャルがやってたりするでしょ? 麻衣みたいに落ち着いてる大人の女性が……」

「私の歳じゃもうギャルなんて呼ばれないものね」

「え、えっと……いや……」

(ギャルって……何歳までだよっ!)

 問題はそこじゃないと分かっていながらも思わぬ展開に頭の中は真っ白になっていく。

 普段あまり年のことなんて気にした素振りを見せていないから油断した。

 三十歳前の女性なら大小はあっても誰でも年齢の話題が気になることくらい分かっていたはずなのに……。

 仕事でならともかく、よりにもよって麻衣の前でこんな失態を犯すとは夢にも思わなかった。

(この際……今までのはなかったことにしたらどうだろう)

「あーいうのって可愛いと思うよ。なんか携帯だけじゃなくって色んな物にも出来るし、麻衣もやってみたら? 材料とかってどこに売ってんだろうなー」

「もう可愛いのなんて似合う年じゃないから」

 かなり強引に話を運ぼうとして大失敗。

 二人の間を流れる空気はますます悪くなっていく。

 こうなってしまうと仕事で培った経験などは何の役にも立たないことを思い知らされるだけだ。

 折角の楽しい休日はたった一言で台無しで、自分がその原因を作ったことが情けないやら腹立たしいやら……。

 なにを言っても逆効果になると分かっていても自然と口が開く。

「麻衣は可愛い」

「別にいいよ。無理におだてなくたって……」

「可愛い。誰が何て言おうと可愛い。おばあちゃんになったって俺にとって麻衣は誰よりも可愛いことに変わりはないよ」

 歩いていた麻衣の足が止まった。

「もう……」

 呆れたようなため息にますます俺の心は沈んでいく。

(あーぁ……俺ってめちゃめちゃバカじゃん)

 今さら後悔したってもう遅いけれど悔やんでも悔やんでも悔やみ切れない。

「陸がそういう事ばっかり言うから……私も勘違いしちゃうんだよ……もぅ……」

 その口調はさっきよりも柔らかく、横顔は少し頬を染めている。

(やっぱり……可愛い)

 自分が好きになった相手なら無条件で可愛いと思うはず、麻衣は他の男にどんな風に見られているか自覚がないから時々すごく心配だ。

「可愛いよ。勘違いなんかじゃない」

「だから……そういうのは……」

「俺が可愛いって思ってるのにダメ? だって……ほんとに可愛い、今だって手繋ぐだけじゃ足りない抱きしめたいくらい可愛い」

 言いながら手を繋ぐと最初は拒んでいた麻衣も遠慮がちに握り返してくれた。

 二人の間にあった距離が少し近付いて、足元ばかり見つめていた麻衣の顔がゆっくりと上を向いた。

 照れくさそうに目元を染めたまま微笑んで何か言いたそうな顔を見せる。

「ごめん……前言撤回」

「?」

「抱きしめるだけじゃなくて、今すぐここでキスしたいくらい可愛い」

 それは大げさなんかじゃなくて麻衣が恥ずかしさで怒りながら早足で歩き出さなければ、きっと俺は買い物客が行きかう通路でキスしていたと思う。

(あぁ……なんとかなった)

 麻衣に手を引かれ甘い余韻を引きずったままホッと安堵のため息ついたのは絶対に内緒だ。

end


前へ | 次へ

コメントを書く * しおりを挟む

[戻る]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -