たくらみ (REBORN!)
 結婚して5年。
 雲雀と美凰は相も変わらず熱々の新婚夫婦だったが、二人を取り巻く周囲の環境は劇的なる変化を極めていた。
 所謂“所帯持ち”の次の段階である“子持ち”状態に犇いている守護者達に囲まれた生活というものである。





 その日…。
 ボンゴレ本部は、ドン・ボンゴレの二人目の子供の生誕記念パーティーに和気藹々とした雰囲気に包まれていた。
 幼い息子や娘を連れ立って、自分達のボスである沢田綱吉に口々にお祝いの言葉を述べる守護者とその妻達。
 気の張らない仲間内だけのガーデンパーティーに、はしゃぎまわる子供達を追いかける母親達の明るい笑顔。
 そんな妻や子供達の様子を眺めつつ、極上の酒食を口に楽しげに笑い合う父親達の声。
 マフィアという特殊な社会に生きてはいても、彼らとて家に帰ればごく普通の父親なのだ。
 ボンゴレ本部の面々は、いつになく穏やかで平和な一日を過ごしていた。

「まったく…、騒がしいことこの上ない群れだね」

 豪奢な建物の中でも特に設備の整った北翼にある自分専用の執務室の窓から中庭の様子を眺めていた雲雀は、秀麗な面立ちを顰めつつ、背後にいるリボーンを振り返った。
 つい先程までパーティーを楽しんでいたリボーンは、シンプルだがとても高級なソファーに腰掛けつつ、雲の守護者から特別に振舞われているエスプレッソを飲みながら、美麗な面立ちをした男をにやにやと見つめていた。

「おめぇもいい加減、子供作ったらどーだ?」

 雲雀は黒革張りの執務椅子に腰を下ろすと、愛用の万年筆を手に書類に目を落とし始めた。

「何なの? 君に家のことをとやかく言われたくないんだけど」
「さっき、久しぶりに美凰と会ってな」
「今日は沢田の所の子供の事で異様にはしゃいでいたからね」

 窓の外の群れの中は雲雀の最愛の妻の姿もある。
 妻が他人と群れる姿など見たくもない雲雀だったが、今日は特別に許可したのだ。

「女どもに囲まれて色々と騒がれていたぞ。ヒバリは“種無し”なのか? とか、いいクリニックがあるから紹介するだとか…」
「……」

 結婚した時に交わした二人の約束。
 それは子供を持たないこと。
 独占欲の強い雲雀は、例え我が子であっても美凰を分け合うことを嫌ったのだ。
 それをよく理解している美凰は子供が欲しいとは一言も言わず、毎日ピルを飲み続けている。

「夫婦の事情を無視して僕を“種無し”扱いかい? そんな莫迦な発言をしたのは黒川あたりかな?」

 取り合えず明日にでも雨の守護者を咬み殺そうと思った矢先、リボーンの言葉が雲雀の耳に飛び込んできた。 

「女の子はいいぞ!“母親に似る”って言うしな!」
「……」

“女の子は母親に似る”
 雲雀の脳裏にデジャヴが起こる。
 初めて妻と出逢った並中校舎の階段。
 夏の日差しを浴びて金色に輝いていた7歳の頃の美凰。
 15歳の雲雀が初めて恋をした瞬間だった…。

「それにおめぇ…、なんてったってロリコンだし…」

 珍しく思い出の余韻なんぞに浸っていた雲雀は、リボーンのからかいの言葉に目元を凄めた。

「咬み殺すよ…、赤ん坊。最近の平和ボケに暇して喧嘩を売ってるんなら、喜んで買わせて貰うけど?」

 雲雀の不機嫌な声をものともせずに、リボーンは飲み干したエスプレッソのカップをソーサーに置いてテーブルに戻した。

「美味いコーヒーだった。まあ、よく考えてみろ。俺は一応、説教たれたって事で…」
「…、つまりは沢田の差しがねってこと?」
「ツナはツナで可愛い義妹のことが心配なだけだ」

 リボーンのにやつく口許が気に入らないものの、彼と争うのは本意ではない。
 雲雀はぷいっとそっぽを向いた。

「…、余計なお世話って言葉知ってる? 沢田にそう伝えとていよ…」





 その日の夜、美凰は小頸を傾げながら夫婦の化粧室のキャビネットを閉めた。

〔ピルがないわ…。おかしいわね? まだ一週間分くらい残っていた筈なのに…〕

 自らの失態に溜息をつくものの、こればかりは仕方がない。
 明日、主治医に電話をして大至急調達するとして、夫には今夜は“我慢”して貰うしかないだろう。

〔恭弥さん…、一層ご機嫌斜めになっちゃうわね? 今日はツナ兄さま達と“群れてた”ことで随分とおかんむりなご様子だったし…、お夕食の時はいつも以上に口数が少なかったし…〕

 機嫌が悪いと普段以上に妻の身体を求めてくる夫なのだ。
 あれやこれや考えていると、いつの間にかシャワーを終えて寝室に姿を現した黒いバスローブ姿の雲雀が呻吟している美凰を抱きしめた。

「あっ!」
「どうしたの? 珍しいね、背中を流しに来ないなんて」
「ご、ごめんなさい!」
「で? 何を悩んでるわけ?」

 美凰の身体を這う雲雀の手の動きは、既にラブタイムの序章を刻み始めている。

「あ、あのね、恭弥さん…、実は…」

 いつも通りに迫ってくる夫に言いにくいことをしどろもどろに説明すると、驚いたことに今夜は自分が避妊をすると彼が言い出した。
 結婚して5年。
 避妊行為は美凰の役割で、今まで一度として彼が行った事などないというのに…。
 美凰は妙に難しい顔をして上目遣いに雲雀を見上げた。

「何? その妙なものを見る目つきは」
「だって…、どうして恭弥さんが…、避妊具を持っていらっしゃるのかと思って…」

 美しい青菫色の双眸に疑惑の色を見た雲雀は、くつくつ笑いながら柔らかな妻の身体を抱きしめた。

「どうしてそっちを疑うわけ? 僕が浮気なんてするわけないでしょ」
「だって…」
「僕を疑った罰だよ。今夜は寝かさないからね…」
「……」

 雲雀はそう言うと、楽しそうに口角を上げつつ妻の愛らしい唇に熱いキスを落とした…。





 愛し合う行為の最中、雲雀が嘘をついて避妊をしていないことに気づいた美凰は大慌てだった。

「? だ、駄目! 駄目よ、恭弥さん!」
「いいから黙って…、」
「駄目っ! だ、だだだって…、で、できちゃうかもしれないわ! 今日は安全日でないってご存知でしょう?」
「いいじゃない。出来ても…」

 常ならぬ夫の言葉に美凰は綺麗な双眸をまん丸に見開いた。

「! どっ、どうして急にそんなこと…」
「さあ? 5年も経つと気持ちも変わるって所かな」
「…、ま、まさか? き、恭弥さんがピルをどうにか…」

 呆然としている妻の美しい花顔を上から覗き込んだ確信犯の雲雀は、美凰がうっとり蕩けてしまいそうな甘い声で彼女の耳朶に優しく囁いた。

「それとも…、君はいやかい? 僕の子供を産むの…」
「そっ、そんなことないわ!」

 愛する夫の首に柔らかな白い腕を巻きつけて、美凰は雲雀の肢体に縋りついた。

「美凰…」
「欲しいわ! とっても欲しい…。あなたによく似た、可愛いバンビーノが…」

 満足げに細まった黒曜石の双眸が妖しく揺らめいた。

「ふぅん…。僕としては君によく似た女の子が希望なんだけどね」
「……」

 翌日の雲雀は居眠り三昧で、雲の守護者専用の執務室は仕事にならなかったとか…。





 それから2ヵ月後、ボンゴレ本部に衝撃が走った。
 結婚して5年の間、一度も身籠った事のない美凰が妊娠したとの知らせが、雲雀を通してドン・ボンゴレへともたらされたからである。

「ねぇ、どうでもいいけどそんなに驚くべき事象なの? 僕が以前から欲しがってたなら今年で5人目の子持ちになっていた筈なんだけど」
「……」

『“種無し”じゃなくて悪かったね』と、涼しい顔をしてさらりと言う雲雀の科白に、ドン・ボンゴレを筆頭に守護者達はぐうの音も出ない。
 とはいえ、愛する雲雀の子を宿した美凰はといえば、至極幸せげであったという。
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