「それで? どれが秘密の戸棚なの? ぐずぐずしてたら誰かに見つかっちゃうわ」
二人してあちこちの扉を開閉した結果、臥室の扉に一番近い棚だけが開かない事が判った。
「どうやらここみたいだな…」
「じゃ、開けてみましょう。六太、呪は?」
六太は首を振った。
「それが、わかんねーんだ…」
桃箒はがくっとなる。
「なんで?」
「尚隆しか開けられないようにしているらしい」
「それじゃ、どーやって開ける気でいたのよっ?!」
「…。怒りの余り、考えてなかった…」
桃箒は呆れた表情で六太を見つめた。
「信じらんない…、やっぱり主従揃って莫迦ね…」
「うっ…」
桃箒の言葉に反論できない自分が情けない。
〔くそ〜っ、どーすりゃいいんだ…〕
「しょうがないわねぇ〜。あたしがなんとかしてあげるわ。六太、悧角を呼んでよ」
「悧角を?」
桃箒はにやっと笑った。こういう笑い方は尚隆っぽい。
「あたしを誰だと思ってるのよ。尚隆の呪なんか簡単に開けてあげるわ。その代わり、向こう一ヶ月間のあんたの苺けーきはあたしのものよ!」
「にゃにぃぃぃ〜!?!」
美凰の作る苺のけーきは六太と桃箒の大好物である。
但し美凰から、食べた後の歯磨きと一日に一個だけという約束させられているのだ。
それと引き換え…、しかも向こう一ヶ月間とは…。
「お前…、それはないだろ…。せめて三日分とか?!」
六太は地団駄を踏んで桃箒を睨みつけた。
「だーめ! 商談が成立しないんなら助けてあげられないわね…」
「ぐっ…。じゃ、十日でどーだ?! 一日に二個も食ったら太るぞ。大好きな朱衡様に嫌われてもいいのかよ!」
その言葉に桃箒は考え込んだ。
美凰が昨夜、けーきのせいで最近少しふくよかになられたのではと唐媛に指摘され、
「まあ、どうしましょう…。確かに最近、障りの日に関係なく胸が張って…、香蘭どのになにか身を引き締めるよい運動でも教えて戴こうかしら?」と、しょんぼりこぼしていたのを思い出したからだ。
その後にその話を聞いた尚隆が、湯殿から上がってきた姫様に、
「心配せんでもそなたは変わりないぞ! 確かに乳が少し大きくなったのではないかと思ってはいたのだが?! どれどれ…。なにかよくない病にでも罹っていたら大変だから、今宵は念入りに触ってみようかな…。ここはどうだ? 痛いか?」
「あっ…、おやめくださいまし…。まだ、桂英たちが隣室にいらっしゃいますわ…」と、羞かしがって困惑しておられるにも係らず、確認作業と称していやらしい所業を嬉しそうに行っている御莫迦な姿を窓から目撃してしまった。
「香蘭に頼まんでも、俺とこうしていたら結構いい運動になるのだぞ! ほれ、俺に任せろ…」
「ああっ…、ん! 陛下ったら…、またそんな悪戯を…」
「任せろ、任せろ…、いいから任せろ…」
「いゃ〜ん…」
〔変な事を思い出しちゃったわ…。でもどう考えても六太の考えている様な雰囲気じゃないんだけど…。寧ろ姫様、尚隆に構われてとっても嬉しそうなんだけどな…〕
桃箒は顔を赤らめてこほんと咳払いをした。
「それじゃ、一日おきってことで半月分よ。それ以上は譲らないわ!」
六太は観念して頷いた。
「よし、決まった! 悧角っ!」
『はっ…』
遁甲して美凰を護っていた使令の声が、忽ちの内に室内に響いた…。
何の呼び出しか判らぬ状態で、命ぜられるままに遁甲から床に顔を現した悧角は、二人の子供?ににっこり笑いながら睨みつけられ、冷や汗をかいていた。
「悧角、扉を開けて頂戴!」
『はっ? えーと…。なんでございますか?』
桃箒はふふんっと顎をあげて、とぼけている悧角を見た。
「悧角は姫様と尚隆の色々な事、常に見て見ぬふりよね」
『……』
「あんたは六太と尚隆、それに如星の命令で姫様の守護をしてるんだから、絶対に知ってる筈だわ」
六太がぽんと膝を叩いた。
「そっかぁ〜 確かにそうだな。おい、悧角っ!」
『は…』
「この扉、尚隆の呪がかかってんだ。開けろ…」
悧角はがっくりとなった。
后妃の許から急いで疾走してきたというのに…。用件とはこれか…。
今、后妃と景王たちの話は大変なことになっていて、続きがとても気になるのだ。
悧角はそわそわしながら、六太と桃箒に頭を下げた。
『台輔…、恐れ多くも主上の呪を開扉することは臣下として…』
「ふーん、悧角は六太の使令なのに尚隆優先なの?」
『台輔の御身に危機が及ばぬ限り、それが定めでございます。桃箒様…』
桃箒がにんまりと笑い、その笑い方があまりに尚隆っぽいので、悧角はいやな予感に焦った。
「ふ〜ん。そーなんだ。じゃ、こないだ庇ってあげた事、姫様に告げ口しちゃおっかな〜」
『げっ! 桃箒様、それは!!!』
六太が訝しげに桃箒を見た。
「なんだ?」
「うふふっ。悧角ったら、こないだ久しぶりに如星に会えて緊張してたのか、姫様が崑崙の翠心さまから戴いて、とても大切にしていらした青磁の壷を割っちゃったの」
「ええっ!!! 母ちゃんから貰ったあの壷か〜 確かに大切にしてたよな〜」
「咄嗟にあたしが庇ってあげて…。姫様はお優しいから、形あるものは壊れるものだから気にしないのよって云ってくださったけど、後で涙ぐんでいらしたもの…。それでもって、姫様のお悲しみ様に焦った尚隆の御莫迦が、すぐさま新しい壷の注文を範国にしたんだから…」
悧角は眼を白黒させ、項垂れて呻いている。
『くくくっ…』
「壷を割ったことを叱られるんじゃなくってよ、悧角…。姫様はあんたがあたしに罪を着せて口をぬぐった事を、きっとお悲しみになると思うんだけどな〜。『悧角がそんな方だったなんて、美凰はとても悲しいわ〜』ってあのお美しい瞳をうるうるさせて仰ってよ〜。それでもって、このことを知った如星にもあんたは軽蔑されるんだわ〜」
眼前で美凰の口真似までした上、悧角がこよなく尊敬する如星まで盾にとって笑顔を振りまいてみせる桃箒に、悧角は口をぱくぱくさせ、その金の眼に熱いものを滲ませた。
六太は流石に自分の使令が可哀想になり、悧角の頭をぽんぽんと撫でた。
「悧角、素直に白状しろや…」
『ううっ…、しかし台輔…。桃箒様は余りに理不尽で…』
「おれもけーきを半月分取られた。桃には誰も逆らえないんだ。辛抱しろ」
『しかし、主上の個人的な秘め事でございますよ…』
その言葉に、六太は忘れかけていた怒りをふつふつと蘇らせた。
「だぁ〜っ! それだよ! それを早くなんとかせにゃならんのだ! 悧角、お前には被害は及ばん様にするからさっさと開けろ!」
『そんなこと仰っても…、結局、被害は及ぶのでしょうね…』
涙ぐむ悧角は頭に大きな岩が乗っている心持で溜息をつくと、扉の前でぶつぶつと呪を唱えた。
かちりと音が鳴り、扉の鍵が簡単に開いた。
「やった!」
金色と桃色の子供達?は顔を見合わせ、にんまりと笑った。
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