出逢い 4
「まあ! それじゃあ雲雀さんはボンゴレの“雲の守護者”でいらっしゃいますのね?」

「そうだぞ! これからのボンゴレになくてはなねぇ逸材なんだ。こいつは強情に否定してるけどな…」

「僕は“ファミリー”とかいう“群れ”なんて嫌いだよ」

「……」

 優雅な仕草でフルーツサラダを口に運んでいた美凰の綺麗な双眸に見つめられた雲雀は、初めて体験する思春期特有の落ち着きない甘い感情の波を懸命に隠すべく、むすっとした表情で黙々と“彼専用”に作られる特製和食ランチを口にしていた。
 いつも作りたてのものを応接室に運ばせるのが慣例になっているそれを、注文主本人の口からオーダーされた瞬間の学生食堂従業員の恐怖と驚愕は、例えようもないものであった。
 そして現在、昼休み最大の群れを形成している学食に普段なら決して現れる事などあろう筈もない風紀委員長が、奇妙にして不可思議な臨時教諭リボ山と女しか診察しないエロ保健医シャマル、それに見たこともない程に美しい女性を引き連れて窓際の片隅に腰を落ち着かせた姿に、学食内は異様な興奮にざわめいていた。

『おい! 群れ嫌いのヒバリが群れてるぜ?!』
『なんでヒバリが学食に?』
『きゃあ! ヒバリ様が学食だなんて! 超信じらんないぃぃぃ!』
『それよかあの女、すっげぇ〜 美人じゃね?!』
『あの眼の覚める様な“吃驚美女”は誰なんだ?』
『リボ山とエロ保健医が一緒って事は、新任教師か?』
『でもなんでヒバリが一緒なの?』
『ヒバリさぁ〜ん、ま、まさかその美人が彼女とか?!』
『え〜っ! そんなの親衛隊のあたし達が許さないわぁぁぁ〜』
『テーブルの周辺は風紀委員で固められてるしよ。なんかあんじゃね?』

 と、遠巻きにわいわい騒いでいる学生達を尻目に、校内コスプレであるリボ山スタイルのリボーンはミートソーススパゲッティの最後の一口を美味しそうに頬張った後、傍に立っていた草壁に声をかけた。


「草壁、食後のエスプレッソは貰えんのか?」
「ご用意して参ります。ドクターも同じもので宜しいですか?」

 大盛りだったカレーライスを平らげたシャマルは満足げに頷いた。

「ああ、すまねぇな。頼むぜ」
「では委員長とマダムには紅茶をお持ちいたします」

 そう言うと、草壁はぺこりと頭を下げて厨房へと立ち去った。

「草壁は痒い所に手の届く出来のいい部下だ。流石ヒバリだな」

 リボーンはそう言って雲雀に視線を向けた。

「褒めたって何も出ないよ」
「世辞じゃねぇさ。おめぇのその部下育成力と集団統率力を俺は高く買ってるんだ。おめぇの半分でもツナにその能力があればな…」
「彼は強かったり弱かったり、相変わらず興味を惹くね。まだ戦ってはいけないのかい?」
「いずれその内にな。まあ、楽しみに待ってろ」
「ふぅん…」

 ごそごそと妙な動きを見せているシャマルを見逃さず、面白くなさげに息をついた雲雀は彼が白衣の下に隠し持っていた小さな瓶を瞬時にして取り上げた。

「あっ、返せよ恭弥! おめぇなぁ〜 イタリアじゃランチにワインは常識だぜ〜」
「ここは日本で並盛は僕が秩序だ。飲みたきゃ他所へ行きなよ」
「ちっ! 相変わらずお固いこって…」
「吉田、これ没収。焼却破棄だから」
「はっ、畏まりました。委員長!」

 近辺で警護として立っている風紀委員に酒瓶を手渡し、ふんっと鼻先で哂う雲雀の態度に、シャマルの顔がしゅんとしょげ返った。



「折角学校まで来たのですし…、わたし…、一度でいいから“学食”という所でお食事してみたいの。ランチはそこではいけませんかしら、リボーン?」

 騒々しい男の登場で“ランチデート”を邪魔されたリボーンは、美凰の提案にくつくつ笑った。

「美凰は相変わらず好奇心旺盛だな? いいぞ。本来なら外部の者が使用するのは違反なんだろうが、俺が教師のふりして風紀のヒバリが許可すりゃいけんだろ?」

 そう言いながらリボーンは雲雀を見る。
 暗に“一緒に飯を食うか?”と誘っているのだ。
 雲雀は苦笑しつつも了承した。

「いいよ。群れるのは嫌いだけど…、美凰と赤ん坊は特別だ。でも煩いのはやだから周囲は風紀で固める」

 雲雀の意図をリボーンは即座に理解した。

「構わねぇぞ。俺も乳臭ぇガキ共にやたらと大事な女を見せたくねぇしな」
「おいおい! 二人で世界作ってねぇで俺も仲間に混ぜてくれや〜! って、うげっ!」

 憮然とした様子で擦り寄ってきたシャマルは再び、リボーンと雲雀によって瞬殺の憂き目を見た。
 そして程なく、稀に見るレアな組み合わせの4人は学生食堂に姿を現したのである。


「ディーノのお弟子でいらっしゃるなら、リボーンの孫弟子でもありますのね?」

 美しい青菫色の双眸の見つめられると、動悸が抑えられない。
 雲雀はぷいっと顔を背けてぼそりと呟いた。

「弟子になったつもりはないんだけど…、赤ん坊の言葉を借りれば…、どうやら…、そうらしいね…」
「ま、そういう事だな」

 美凰はにっこり微笑みながらリボーンを見つめた。

「可愛くて…、いらっしゃるご様子ね? リボーン」
「まあ、ツナとは違う意味でな…」
「ツナって、ボンゴレ]世でいらっしゃる? 家光のご子息ね」

 リボーンは頷いた。

「今日にでも会わせてやるぞ。未知数な奴だが、9代目は殊の外可愛がってる。美凰もきっと…、気に入るだろうな」
「そう…、ティモッテオが…」

 自分に解らない会話をして遠い眼になった美凰が腹立たしく、雲雀は不快げに秀麗な顔を歪めた。

「それより美凰…」
「? はい」
「貴女、それっぽっちの昼食で足りるの?」

 美凰が食べ終えたのは小さなフルーツサラダとヨーグルト、それにオレンジジュースのみである。

「ええ…、大丈夫ですわ」
「ダイエットでもしてるの? 貴女はとても綺麗なんだからそんな事しなくてもいいでしょ?」
「まあ…、そんな…」

 女性らしい身体のラインに注がれる雲雀の視線と、あからさまに“綺麗”と言われた事に、美凰は思わず真っ赤になった。

「スレてない分、ヒバリは直球勝負な男だな…」

 小さくそう呟くと、リボーンはエスプレッソを口に含んだ。

「おいおい、青少年! そんな眼で美凰を見るのは反則だぜぇ〜」
「…、言ってる意味、解らないんだけど?」

 殺気立つ雲雀にシャマルはやれやれと首を振った。

「おめぇ、今、頭ん中で美凰を裸にしてるだろ? いやらしいねぇ〜 思春期の中坊は〜 美凰を今夜のオカズとかにしたらおじさん承知しねぇ…、ぶへっ!」

 冗談交じりに言ったシャマルの言葉は最後まで聞くことはが出来なかった。
 雲雀のストレートな拳が精悍な顎に向かって決まったからである。

「…、もう二度と僕に話しかけないでくれる。貴方の言葉を聞いていると気分が悪くなるよ!」
「ったく…、痛ってぇなぁ〜 もうっ! だから冗談の通じねぇガキは嫌れぇだよ!」
「そこだけは気が合うね」

 ぷいっとそっぽを向いた雲雀の態度に、美凰は小さく微笑みながらリボーンにこそこそと囁いた。

「意外と気が合っていらっしゃるのね? 雲雀さんとアントニオって…」
「まあな。ヒバリが歳の割りに随分大人で出来上がった奴だからだろうな」
「……」
「美凰も結構、気に入ってんだろ? ヒバリの事」
「なっ?! リボーンったら変なこと仰らないで!」

 再び頬を染めた美凰に向かってリボーンは些か哀しげににっと口角をあげ、彼女には聞き取れぬ程の声でそっと呟いた。

「俺の超直感に、外れはねぇんだぜ…」

 リボーンの思惑など知る由もない雲雀とシャマルの言い争いはまだ続いていた。

「はぁ〜 顔だけはホントに俺好みなんだけどな〜 恭弥ちゅわ〜ん!」
「貴方、本当に咬み殺されたいの?」
「おめぇに姉ちゃんがいねぇのがホント残念! あ、でも俺の本心は美凰だけだからな! 心配しなくても絶対浮気なんてあり得ねぇから俺と結婚してくんね? マイハニー〜」
「ア、アントニオ…、す、少しは身の危険を感じた方がいいと思うのだけど…」

 雲雀の凄まじいブリザード視線もシャマルはものともしていない。
 供されたエスプレッソを一気に飲み干すと、赤い顔をしたまま羞かしそうに紅茶を口にして溜息をついている美凰を口説きにかかった。

「所で美凰、どだ? 今夜、俺とディナーでも?!」

 美凰は小さく肩を竦めると、微笑みながら頸を振った。

「ごめんなさい。残念だけど越してきたばかりで部屋の片付けとかが忙しいの」
「なんでぇ! いいじゃねぇか、そんなのいつでも出来んだろ! 久しぶりに会ったんだぜぇ〜」
「でも…、今夜は髪を洗いたいし…」

 綺麗に結い上げられたつややかで美しい黒髪に三人の視線が集まる。

「はぁ〜あ! 西欧風“レディのお断り”常套文句だな」
「いけない?」

 小頸を傾げる仕草が愛らしく、シャマルはうっとりと美凰を見つめた。

「はぁ〜 つれないねぇ〜 んじゃ明日は?」
「今週は入荷するものが結構多くてお店の方の整頓も忙しいから…。また誘ってくださったら嬉しいわ」
「そっか! んじゃこの前見つけた美味いハンガリー料理を食わせてくれるレストラン、来週早々にでも予約しとくよ! 飯が終わったらナイトクラブに踊りに行こうや! 日本はまともなクラブが少なくてダンスもできゃしねぇ!」
「他の方を誘ったら? 貴方なら“選り取りみどり”でしょう?」
「俺は美凰がいいんだよ! 絶対デートして貰うからな! 年の数だけ薔薇の花を用意して迎えにいくぜ!」

 シャマルの言葉に美凰はくすりと笑った。
 凄艶なまでに美しい微笑み。
 二人の会話のやり取りをじっと聞いていた雲雀は、その微笑にぞくりとなった。
『虜』という言葉が相応しいのであろう、心も身体もすべてが鷲掴みにされたと言っても過言ではなかった。

「…、アントニオは相変わらずのお莫迦さんね。出来る訳ないでしょう?!」

 シャマルは一瞬、哀しげな表情を浮かべて小さく笑った。

「…、出来ねぇ事はねえんだけど、よ…。ま、そうだわな…」
「ナイトクラブだったら俺も行くぞ。美凰のドレスアップは眼の保養だ。俺がドレスを買ってやる!」

 リボーンの言葉にシャマルは両手をあげて首をぶるぶる振った。

「何言ってんだよ、リボーン! 美凰にドレス買うのは俺の役目だぞ! 第一おめぇは“ダメツナ”の家庭教師があんだろ! 夜の9時以降はよい子はおねんねだぜ。まあここは俺と美凰の二人っきりのナイトライフをだなぁ〜 うげっ! がはっ!」

 三度、リボーンの跳び蹴りと雲雀のトンファーが炸裂し、シャマルはその場で悶絶した。

「取り合えず死んどけ! おめぇと美凰を二人っきりになんかする筈ねぇだろうが!」
「不健全な妄想は土に還ってからしなよ! 美凰を不純な遊びに誘い出そうなんて僕が許さないからね!」
「う〜ん…、美凰〜」
「あ、あのう…、リボーンも雲雀さんも、もう少し手加減なさった方が…」
「「こいつに手加減なんか無用だよ!(だぞ!)」」
「……」

 シャマルの口説きには些かうんざりしているものの、雲雀とリボーンの手厳しい共同戦線には流石の美凰もただ真っ青な顔をして笑うしかなかった…。



「とても楽しいひとときでしたわ…」

 美凰が告げた別れの言葉にシャマルは大慌てだった。

「えっ?! もう帰るのか? だったら俺が送るぜ!」
「いけないわ、アントニオ。お仕事を怠けちゃ…」
「いーの、いーの! 俺、どーせ暇だし…」
「駄目よ。わたし、今日はリボーンとご一緒に奈々に会いに行くの。女同士のお喋りに首を突っ込んで戴きたくないわ」

 そう言われては引き下がらざるを得ない。

「ちぇーっ! 解ったよ! 家光の女房相手じゃ敵わねぇし…。んじゃ取り合えずまた電話すっからよ、携バン教えてくれや」
「ごめんなさい。わたし、携帯は所持していないの」
「えぇ〜! 今時そりゃねぇ〜だろ〜」

 眉根を寄せて肩を竦めたシャマルに向かって、美凰はくすくすと微笑んだ。

「いつか…、わたしに愛する人が出来れば…、持つかもしれないわね」

 その言葉に雲雀とシャマルの目元がぴくりと痙攣を起こす。

「「?!」」
「愛する人専用の直通電話…、なんてね…。それじゃリボーン…、行きましょうか?」

 雲雀の肩に乗ったままだったリボーンは彼に向かって何やらこっそり囁いた後、ひょいと身軽に飛び降りた。

「おう。ママンもお待ちかねだろうからな」

 美凰は黙ったままこちらを見ている雲雀に軽く会釈をした。

「ごきげんよう、雲雀さん…」
「…、うん。また後でね…」
「えっ?」

 頸を傾げた美凰にふっと笑いかけると、雲雀はくるりと踵を返して校舎へと戻っていった。

「なんでぇ? 恭弥の奴…、随分とそっけないんだな?」
「ま、いいじゃねぇか。ヒバリは並盛の治安に色々と忙しいんだ」
「……」

 学ランを翻して遠ざかってゆく雲雀の背姿を眼で追いつつ、送ると言い張るシャマルの言葉を固辞した美凰はリボーンと共に並盛中学を後にした…。

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