恋情 4
「あと十年、待ってくれる?」
「?」
「僕は君に相応しい男になりたい。十年たてば、僕は二十五歳だ。君が不死の身になった年齢より五歳は年上になる。そうしたら君の“くちづけ”を受けるよ」

 さらりと述べられた科白の重みに美凰は驚愕した。

「なっ…、何を言ってらっしゃるの?!」
「僕が君の唯一無二の仲間になる。ずっと一緒に生きてあげる。それなら文句ないでしょ」
「そんな! あなたご自分が何を言ってるのか、解ってらっしゃらないんだわ!」

 美凰の言葉を封じるかの様に、雲雀の指が芙蓉花の唇の上にそっと置かれた。

「本当なら僕の本気を見せる為に今すぐ君のくちづけを受けたっていいんだ。でも僕はもっともっと成長する。だから君の隣に立っても遜色がない程に成長してからでないと…、いやだ…。だって容姿が変わらなくなっちゃうんでしょ? だったらもっと成長してからでないといやだ!」
「……」
「身長も体格も、今以上に立派になって、力も強くなって知識ももっともっと増やしてからでないと君に相応しい男になれない」
「……」
「ねぇ…、返事を聞かせてよ…」

 蒼白の美凰は信じられないと言わんばかりの表情でふるふると頸を振った。

「駄目よ…、ひば…、んっ!」
「イエスしか聞かないから…。それに…、これからは“恭弥”って呼ばなきゃ返事もしないから。じゃ、そろそろ動くよ?」
「えっ、あっ…」
「初体験は最高に気持ちイイ状態で終わったからね。今からは研究開拓の時間だよ…」

 言うだけ言うと、美凰の返事を待たずに雲雀は再び動き始めた。

「そ、そん…、な…、か、勝手な…、あっ! あぁんっ!」
「そうだよ…、僕は…、身勝手な男…、だからね!」



 恐ろしいまでに貪欲に熱く潤んでしまった女の箇処は、抵抗なく雲雀を迎え容れている。
 それどころか、己の身体の中を自由に行き来する雲雀の感触が余りに心地よく、唇から漏れてしまう甘くねだる様な自身の声を、美凰は忘我の淵でぼんやりと耳にしていた。
 覆い被さる雲雀の肩を、背を抱きしめるべく腕が自然と動く。

〔もう、ごまかせない…。わたしは…、彼を求めている…〕

 美凰の全身が雲雀を求めて疼き続けている。
 彼に再び命の精を注ぎ込まれる瞬間を、こんなにも待ち焦がれているのだ…。

〔ではわたしは…、彼を“愛している”というの? いいえ、違うわ! セックスよ…。わたしが生きる為のただの性的欲望…。“愛して”なんかいない…。決して“愛して”なんか…〕

 本当にそうなのだろうか?
 男らしい律動を続けながらも雲雀が繰り返す、壊れ物を扱う様な愛撫と甘い囁きに昇り詰めて静まった筈の熱が再び目覚める。
 雲雀の動きが早く激しくなるのと相まって、自分のあげる嬌声も高いものへと変化してゆく。
 彼が動く度にさらさらと胸の上で踊る柔らかな黒髪の心地よさ。
 触れ合う人肌が、少年のそれとはいえ情愛の深さを美凰に確信させるのだ。



 熱く硬い怒張を最奥に突き挿れられ、抜けるぎりぎりまで引き抜かれる…。

「あっ! ひあぁんっ! あふっ、くっ、あぁぁんっ!」

 美凰が助けを求める様に雲雀の肩にしがみつこうとすると、その手をシーツにぬいつけて指を絡め、彼は獣の様に低い唸り声さえあげて腰を打ちつけ続けた。
 響き渡る嬌声と荒い吐息が、尻を打つ乾いた音と深みを抉る蜜音が、夜のしじまを顫わせる。

「あっ…、あぁぁ…、ひっ、ひぃっ! ああぁぁぁっ!!!」
「くっ! あっ! もう…、イ、イくよ…。僕をいっぱい…、いっぱい取り込んで…、うっ…、うぅぅっ!」

 美凰が再びあげた感極まった絶叫と共に、エクスタシーを極めた雲雀は彼女の中で何度目の白濁の快楽を多量に解き放った…。





 心地よい疲労にぐったりしつつ白い胸板に頬を預ける美凰の髪を指で梳きながら、雲雀は安らかな彼女の呼吸の音に耳を傾けていた。
 今までの喧噪がまるで夢の中の出来事の様に、穏やかな静寂が寝室を満たしている。

「……」

『わたし…、愛して…』
『きょ、や…、愛して…』

 あの時、何故僕は美凰の唇を塞いでしまったのだろう?
 聞きたかった一言だった筈なのに…。
 その一言をどれ程待ち望んでいるか、彼女には想像もつかないだろう。
 いや…、だがしかし、聞きたくはなかったのだ。
 初めての愛の言葉を…、あんな風に激しく乱れて我を失った中で…、快楽に翻弄されながら夢中で口走って欲しくなかったのだ。
 ベッドでの睦言としてだけではなく、当たり前の言葉として口にして欲しかったのだ…。

「やっぱり僕って身勝手なのかな?」

 苦笑するものの美凰に言わせればおそらく、己の身勝手さは今に始まったことではないのだろう。
 それならばせいぜい“身勝手”を通させて貰おう。

〔絶対に…、美凰の口から告白させてみせるからね…〕

 改めて雲雀はそう心に誓った。
 ずっとずっと待ち続けている、たった一言。
『愛しているわ、恭弥』という愛の言葉を…。

_17/23
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