第29話 距離感バグ

 そう残した爆豪は「とっとと寝ろよ」と言葉を残して帰って行った。え?私も朝5時半?ということは5時起き?無理でしょ。爆豪毎日そんな生活してるの?だからあんなに短気なのか?と頭の中はぐっちゃぐゃだ。あんなことをしておいて放置したくせに、今度は朝に呼び出すとは。
 今の時刻は夜の9時。10時に寝たらぐっすり7時間睡眠だな、と考えて歯磨きをした。明日朝のパンとお茶と着替えを並べる。林間合宿に向けて購入したジャージとシャツを出した。結局合宿で使わなかった為に一度洗っただけの新品だ。

 次の日の朝。思いの外スッキリと目覚め、パンを食べて歯磨きをして顔を洗って着替えて部屋を出た。共用スペースは無人だったので建物から出たら既に準備運動をしている爆豪がいた。

「おはよ」
「おう」

 私も彼に倣って膝を曲げたりアキレス腱を伸ばしたりしてみた。

「行くぞ」

 5時半丁度になるとそう言って爆豪が走り始めた。緩やかスピードだからなんとか着いていくことができた。
 学校の敷地から出ることは出来ない為、敷地内の大体外周がコースのようだ。コースに関して何の説明も無い為正解は分からないが、恐らく当たりだろう。
 冬ならまだ暗いのだろうが、夏だから明るい。動いていることもあり、朝とはいえ既に暑さもある。ジャージは半ズボンにして正解だったな、と思った。シャツは汗をいい感じにしてくれそうな素材で、運動部に入ったこともない私からしたら馴染みのない生地のものだ。しかしとても軽やかな上に涼しくもあり、流石高いだけあるな、と思った。
 外周の予想は当たりで、2周したところで爆豪はようやくストップした。私も止まって屈伸をする。すると爆豪がペットボトルを渡してきた。

「持って来てねえのかよ。朝とはいえ大事だぞ。体調管理くらいちゃんとしろ」

 ポカリだ。昔はアクエリの方が好きだったが、今ではポカリの方が好きだ。アクエリは甘くポカリは苦いイメージがある。実際苦くはないのだが。
 ありがとう、と言ってそのペットボトルを受け取り、違和感を感じる。想像よりも軽いのだ。そしてペットボトルをちゃんと見た。中身は半分ほどでキャップは緩い。なるほど、飲みかけなのか。飲みかけね。

「えっ」

 の、飲みかけ!?私は爆豪がよく分からない。というより、彼の距離感が分からない。え、いくら私が干上がる恐れがあるからといって飲みかけを渡しますか?いや、渡すかもしれないな。彼の行動は良いことなのだが、ただ私を緊張させるには十分だ。

「んだよ」
「いいえ、いただきます!」

 飲みかけであることは気にしていないようだ。彼はきっと気にしない人なのだ。そういう人がこの世にいることは知っている。ただ自分が触れ合ったことがないだけで。もはや動物園の触れ合いコーナーで動物のおかしな行動の連続に目を回す感覚だ。
 いくら飲みかけであっても、多少温くてもポカリは美味しい。また機会があったらちゃんと飲み物を持参することを頭に刻んだ。

 次はペースを上げて周ったり休んでからトレーニングに励んだりした。基本的に爆豪がやっているのを見ていただけだが。「これならやれるだろ、やれ」と言われたものに関しては渋々やった。嫌だよ、懸垂とかまともにしたことないよ。
 7時前に切り上げてお互い部屋に戻った。私はシャワーを浴びてさっぱりした状態でまたパンを食べた。そして制服に身を包み、いつもの学校がスタートした。いつもより充実した気分で朝礼を迎えた。

 変わらず大変な授業を終えて部屋でリラックスする。この時間が私は大好きだ。勿論共用スペースで皆との話を聞くのも楽しいのだが、やはり元から一人だと一人の時間が落ち着く。
 私は一人だったことを素行の悪さのせいにしてきた。たが今になって気付いた要因は、単純なコミュニケーション能力不足だ。そもそも人はすぐに私のことを嫌いになる、と思いながら話すから無理なのだ。他の人よりも接している爆豪レベルになれば大丈夫なのだが。
 いやいや何故今爆豪が出てくるんだ。と思っているとスマホが通知を知らせた。ラインの通知なんか親か奴くらいからしか来ない。実に悲しいことである。
 画面に表示されたのは「明日も」という言葉である。ついとっととトークを開いて「朝5時半?」と返事をした。するとすぐに「そう」と返ってきた。え、明日もやるんか…と思いつつ仕方なくスポドリ購入の為に自販機へと向かった。

 それから平日は毎朝爆豪とのトレーニングに勤しんだ。土日は仮免講習があるらしく、トレーニングはお休みだった。ありがたい週末休みだ!と思いつつ学校のジム施設の使用許可を取った。
 あと週末の変化といえば、お茶子ちゃんと梅雨ちゃん、緑谷くんと切島くんがインターンの為に朝から出て行ったことだ。インターン組を羨みつつ、私は私のなりたいヒーローになるべくトレーニングに励んだ。

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