※オレブンネタ続き ※フランの日記参照 花の女の子だった。空の色をした髪を靡かせて、濁りきった憂いを帯びた瞳で冷たい世界を眺めていた。黒く染まった彼女の心を溶かしたのは天馬だった。あの時、その娘の世界に僕はいなかった。僕は終始部外者で、ただ一つ、元々出逢う筈では無かった絆を合わせる際の手伝いをほんの少ししただけだった。 彼女は最後、花びらに包まれながら笑っていた。怒りをなくした声は儚くて、優しかった。透明な玉響が辺りを満たしていた。彼女の表情は僕に強い衝撃を齎した。さよならを告げる顔には酷い切なさが滲んでいるのに、どうしてか、彼女は満ち足りたような温かい表情を浮かべていたのだ。その理由がどうしても理解出来なかった。僕はその瞬間も部外者、傍観する者という自分の立場に徹していたけれど、実はその時、僕の心には別の感情が芽生えていた。それに気が付いた時、視界がぱっと開けた気がした。難解だった疑問がするすると解け、僕に一つの答えを突き付ける。彼女と僕。曖昧な境界線に立ち、特別触れ合うことも無かった者同士。 少女の哀しい過去、独りだけの世界と仲間への裏切り、それでも彼女の中に残っていた愛。そして、誰かに救われた心。 フランという少女は、僕と、よく似ていた。 「――フェイ?」 コロン、と、鈴の鳴るような声がする。顔を上げれば前を歩くフランが心配そうに振り返っていた。始めのうちは強張った表情を浮かべてばかりだった彼女も、キャラバンの仲間となってから随分と豊かな顔を見せてくれるようになった。眉を少し下げ、大きな瞳に気を遣う時の色が映る。僕は笑って首を横に振った。 「具合、悪いの?」 「ううん。ちょっと考え事してただけだから」 「そう?本当に、大丈夫?」 「大丈夫だって」 「…でも、なんだか」 「――フランは、いつも優しいね」 「え?」 「心配してくれてありがとう。でも本当に僕は大丈夫だから、安心して」 言葉の脈絡を察しかねたのか、人間の感情に疎いところがあるフランは不思議そうに僕を見つめた。が、言葉の中に彼女を褒める意が込められていることに気づいたらしく、少しして、彼女は照れ臭そうにそっぽを向いた。陽に透かされた水色がなびき、僕の前を流れて行く。相変わらず、とても、綺麗だ。 「フラン、照れてる?」 「…うるさい」 「こっち向いてよ、もしかして怒ってるの?」 「怒ってもないわ!」 「はは、ごめんごめん。…じゃあフラン。一つ訴いても良い?」 「…いいけど、なあに」 「あのね――」 最初、僕たちの間には周りから見ても分かるくらいに気まずい空気が流れていたと思う。キャプテンと副キャプテンという立場上の重要な関係にありながら、僕とフランは中々上手く会話することが出来なかった。物語の主人公になるには僕はまだ世界に慣れていなくて、眩んだ視界の先にいる彼女に手を伸ばすことも出来ず、離れた場所からこっそりと彼女の様子を伺うだけだった。でも、そのうち気が付いたのだ。そう、彼女が僕とよく似た運命を辿り、同じ孤独を抱えていたことに。憎しみのオーラが放った彼女の過去は僕の生涯など砂糖塗れの甘味に見えてしまうほど残酷で、本当にどうしようもないものだったけれど、それでも多分根底にある想いは同じだったんだと思う。寂しい、苦しい、痛い、届かない。そうして蓄積された負の感情に蝕まれ、終いには誰も信じられなくなり、独りぼっちで暗闇の中に閉じこもった。 ――だけど、そこに天馬が現れたんだ。 手を伸ばしてくれた。抱きしめてくれた。この場所に居て良いと、何もかも受け入れて僕たちを掬い上げてくれた。救われたのだ、あの、眩し過ぎる彼の言葉に。天馬がいたから、僕は今此処に生きていられる。同じように救われた少女の隣を歩いていられる。 遠くから仲間たちの声が聞こえて来た。和気藹々とした雰囲気の中、練習を再開したようだ。それらの声は、まるでさざ波のように、薄い膜が掛かってぼんやりとした僕の視界に繰り返し打ち寄せる。見渡せば、辺りは白い光に溢れていた。そこはさながら地上の海、そして同時に天空だった。午後の空気はとても穏やかで、その中心、フランの空が静かに煌めいていた。 フランに微笑みかける。彼女は首を傾げ、僕を見つめ返す。吸った空気は程よく冷えていた。 「フラン、これからも僕たちと一緒に居てくれる?」 ――せめて、許してあげたい。それから前に進みたい。 フランの瞳が光に揺れた。透き通った眼だった。彼女は真っ直ぐに僕を見つめ続けた。彼女の空は風に流され、深緑の中に溶け込んでいる。その間、僕たちの間に広がる空気は不可思議極まりないものだった。驚く程心は清んでいて、何かの祈祷でもしているような気分だった。僕の心は、ひそやかに、彼女を強く求めていた。 数枚の葉を乗せたそよ風が一度、そこを吹き抜けていった。暫く経って彼女が浮かべた表情は、笑みだった。 「ええ、」 花びらが舞う。一枚一枚が陽を浴びて輝いている。もう、とっくに終わってしまった幻夢の中。幕が引かれた舞台の裏側で、僕とフランはどちらからともなくクスクスと笑い出していた。グラウンドの方から、天馬の僕たちを呼ぶ声が聞こえたのは、そのすぐ後のこと。 例えば、今目の前に広がるこの風景すらも僕らの見る夢の一つ、幻に過ぎないのだとしても、僕はそれで構わないと思っている。だって僕らが此処に生きていたという事実には変わりが無いから。想いを吐露し合って絆を育み、お互いにとって大切な友達になれたという事実に、決して変化など無い。だから僕らはこれからも共に歩むだろう。犯してしまった罪を抱えたまま、しっかりと、顔を上げて。 響いた玉の綺麗な音は、その時、確かに僕らの間にも在ったのだ。 ――――――――― 枯れない花はありましたか/20130413 Title by ≠エーテル ×
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