小説 | ナノ


▼ /→張苞と添い寝


蜀宮から車で一時間位走ったところにある広々とした草原。
私達はそこに来ていた。


姜維は用事があるとのことで今回は来れなかったようだ。
まぁ、急だったし…あの子は諸葛亮の期待の星だから、色々と忙しいのだろう。
可哀想だけれど、また誘ってあげよう…そう思いながら、青々とした空を見上げる。
秋の風が爽やかに通りすぎると、草がさわさわと音をたてる。
太陽の光は優しく降り注ぎ、空は雲ひとつない。

緑の芝生の上に蜀宮から持ってきた大きなござを広げ、お弁当を和気藹々と堪能した私達は、それぞれがゆったりした時間を過ごしていた。

ああ、癒される。

もう、この一言しか出てこない。
食事を終えて満腹になっているせいか強い眠気が波のように襲う。
頭が上下に動き出しそうになるのを何とか堪え、眠い目を擦っていると、呆ける頭に鈴の音のような可愛らしい声が響いた。





「お腹いっぱい!
あっちに綺麗な湖があったからみんなで行ってみようよ?」



「…ええ」




普段と違うゆったりとした環境のせいだろうか。
銀ちゃんの提案に、星彩には珍しく柔らかな表情で微笑んでいる。

こんな若い女の子達でも必要とあらば戦に駆り出される。
現代では到底考えられないことだ。
常に鍛練を欠かさず、気を抜く暇もなく…本人たちが蜀の為にと、望んでしている事だとしても…やはり私の世界の若い子達と比べてしまう時がある。
星彩や銀屏だけではなく、もちろん張苞や関興も同じ。
戦がなくなれば、この子達がそれぞれ自由に生き方を選べれるようになるのだろうか。
生きることと、死ぬことの狭間で今を生きるのではなくて、もっと自由な生き方が…。
現在の蜀の状況で、今は無理だと思うけれど、いつかそんな時が来てほしい。
戦に身を置く彼等が時々こうやって年相応のまま過ごすことの出来る時間を私がつくれたらな…。
愉しそうに会話をしている四人を眺めていて私はそう…思っていた。


しかし、銀ちゃんの提案はかなり魅力的だ。久し振りの遠出なので私も皆と一緒に湖に行って楽しみたい。
…が、一度腰を下ろしてしまった私の体は、なかなか動かない。
ある程度年を重ねると、食べたあとにすぐに行動するということが難しくなる。
動きたい思いを制止する重い体。

あぁ、若いっていいな。
切望の眼差しで、食後にはしゃいでいる可愛らしい年下の子達を見つめる。





「ごめん。
私はちょっと…食べてすぐ動けそうにないから、ここで休んでるよ」



「え〜、行かないの?」



「ごめんね?」



「わかった。
じゃあ、私達で行ってくるね!」



「うん、行ってらっしゃい」





くりんと丸い目をした銀ちゃんが残念そうに顔を歪めたけれど、座ったまま手を振る私にまた可愛らしい笑顔に戻る。
立ち上がり、移動しようとする彼女達を他所に、腰を下ろしたまま、何故か一ミリも動こうとしない張苞と関興。





「兄上様も行こう?」



「…萌は行かないの?」





反応しない関興に痺れを切らした銀ちゃんが、座っている彼の腕をグイグイと上へ引っ張っているけれど、彼はそれをさして気に止める様子もなく、私に話しかけてくる。
『うん』と肯定すると、解りやすく眉を潜めて関興の表情はどんどん曇りだす。
もしかして、私と一緒に行きたかったのかもしれない。
この表情を見ていて、何となく予想が出来た。
そう思ってもらえるのはとても嬉しいことなのだが…哀しいかな、私の重いお尻はござと仲良しになりたいらしい。





「関興、俺が萌といるから、お前は行ってこいよ」



「…」





極めつけのような張苞の言葉で、更に綺麗な眉をいびつに寄せて、彼はあからさまに不機嫌なオーラを醸し出し始めた。





「兄上は行かないのね?」



「ああ。
いくら蜀の領地でも萌一人だと危ないだろ?」



「そうね。確かに」





張苞の言葉に星彩が納得した様子で首を縦に振った。

確かに私は戦えないし、何か緊急の事態が起きても対処できない。
蜀宮の中は安全だが…そう言えば、その辺を何も考えずにピクニックを提案してしまった。
あの時、張苞が反対した理由は、私の安全のこともちゃんと考えてくれていた故なのかもしれない。
これではどっちが年上なのだか。
自分の浅はかな提案に落ち込んでしまう。





「それなら、私が…」



「関興は二人と一緒に行ってこい。
俺が一番年上だからな。
一番弱い女を守らないと。
お前は銀屏と星彩を守ってやれ」





張苞の言葉で再び無言を決め込んだ関興は、腑に落ちない感じの表情をしている。
そう言えば、この二人はよく色んな所で張り合っている。
年下扱いされ、子供扱いされるのが嫌いな関興。
今までの彼との関わりで、私もそれは理解しているつもりだ。
彼の不機嫌な表情はそのせいかもしれないと思った。






「兄上様、行こう!」





気まずい空気を壊す明るい声が響き、銀ちゃんが関興の手を再び引っ張っる。
観念したかのようにゆっくり腰をあげた関興は、可愛らしい妹に腕を組まれて歩いていく。

その後に星彩も続いていた。


どことなく名残惜しそうに後ろを何度も振り返っている関興の姿がどんどん小さくなっり、そのうち見えなくなった。


広い草原に並んで座る私と張苞の間に暫く静寂が訪れる。
張苞に謝らなければいけない…私は大きな勘違いをしていたようだ。





「あの、…ごめんなさい」



「なんだ?急に」




張苞は突然の彼の方に向き直って、頭を下げた私を見て、虚をつかれたように目を丸くしていた。





「最初に乗り気じゃなかった理由は私のことを考えてくれてたからなんでしょう?」



「ん、まぁな…。
蜀宮は安全だけど、外は虎とか狼とか出くわしたりするから」



「…ただ単に面倒くさいんだとばかり思ってて…。
私、何にも考えてなかったね…申し訳ないです」



「気にするなよ。
お前も息抜きが必要だろ?
それにいざというときは俺が守れば良いわけだしさ」



「うん。
ありがとう」





もう一度頭を下げた私に『どういたしまして』と、太陽のようなキラキラとした笑顔を向けてくれた張苞は、私の隣にごろんと仰向けに寝転んだ。





「あー。
気持ち良い天気だな」




柔らかな声色が聴こえて、ふっ…と視線をうつすと、彼は目を細めて、微笑みながら空を見詰めていた。
彼の幸せそうな顔に私も頬が緩む。
その表情から何故か視線が反らせられないことを不思議に感じていると、不意に瞳が交わる。





「お前も寝転んでみろよ?」



「え?」



「気持ちいいぞ」





気持ち良いのかもしれないが、この近い距離感で彼の隣に寝転ぶことに少々の抵抗があったりもする。
けれど、爽やかな笑顔でそう促されて、断る理由が見当たらなかった私は、張苞の隣にゆるりと寝転んだ。

透き通った青が視界一杯に広がり、爽やかな風が吹けば、草原の草の匂いがさっきよりも強く鼻を擽っていく。
その感覚がとても心地よい。





「本当だ…気持ちいいね」





ポツリと呟いた私に『だろ?』と、張苞はふわりと口元を緩めた。


心が落ち着く。

この自然のせいなのか、彼が隣にいてくれるからなのか、それは判らないけれど。
気持ちの赴くくまま、目を閉じると、このまま幸せな夢の世界に誘われそうだ。
瞳を閉じていた私を不信に思ったのだろう…暗闇の中で、『眠いのか?』と彼の声が聞こえた。





「うん、ちょっとね。
さっきお腹いっぱいご飯を食べたから…」



「少し寝ろよ。
帰りのこともあるんだからさ」



「でも…」



「良いから」





こんな我が儘のような提案をしてしまったあげくに、彼を放っておいて寝るなんて…そんな申し訳ないことは出来ないだろうと遠慮する私に、『俺がいるから、安心しろ』と、屈託のない笑顔で返される。


安心…。

彼からその言葉を聞くと、何故かほっとする自分がいる。
彼の傍にいると私は安心できるようだ。
聴いた事がある。
彼が戦場に出るだけで、そこだけ太陽で照らされたような安心感があると。
ムードメーカー…と言えばその通り、なのかもしれない。
私もそうだが、きっと周りの人も彼の魅力に惹き付けられているのだろう。






「そう…だね。
じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」



「よし!」





開くことに限界を感じていた瞳を自然に任せて閉じながら、『お休みなさい』と呟いた彼への言葉に、小さく『ん』と優しい了承の声が聞こえた気がしたその後、眠りの世界に入ろうとする私の頭にふと、暖かさを感じた。
ふわりふわりと私の髪を撫でるそれは、全く手慣れた感じがしない。
頬と髪を伝う不器用な動きが可笑しくて、唇に微笑が滲む。



張苞…。



心の底から充足感がわいてくるのを感じながら、私はまどろみの中に身を落とした。







瞳を閉じた彼女。
その表情は実際の年齢よりもあどけなくて…可愛い。


心のまま伸ばした左手が彼女の髪に触れる。
そのまま撫でると、彼女は瞳を閉じたまま、満足そうに顔を綻ばせた。

その表情に胸のふくれるような心地好さを感じる。



顔を近付け、寄り添うと、すぐ傍に感じる息遣い。

どうして、こんなに愛しいのだろう。

閉じ合わせた睫毛も、赤い花弁に似た小さな唇も、柔らかい肌も。
全部が愛しく思える。





「萌、お休み」





鼻翼をくすぐる彼女の香りに包まれながら、喜びに心が満たされた俺はそっと瞳を閉じた。




















「…よく寝てるわね。
自信満々に守るなんて言ってた癖に」



「そうだね。
ふふ、でも…何だか幸せそう」



大口を叩いておきながら、目の前ですやすやと眠りこけている兄を見て、呆れ顔で溜め息をつく星彩に、銀屏はくすりと笑った。





「…起こす」



「あ、兄上様!
もう少し寝かせてあげようよ?」





二人を起こそうと不愉快そうにムッとしている自身の兄を諭すように『ね?』と微笑みかけた銀屏は、関興の手をそっと握った。

張苞も関興も萌に恋愛感情があるという事実は、当の本人達を除いて、蜀の皆の知るところになっていた。
自分の兄がしていることに申し訳さを感じ、『ごめんなさい、関興』と頭を垂れる星彩に『別に』と呟いた関興は、不機嫌な表情のまま『私も…寝る』と言って、張苞とは反対側の萌の隣に寝転んだ。





安らかな表情で川の字に眠る三人。

それはとても幸せそうで。
星彩と銀屏は滑らかな笑い声を立てて微笑みあった。

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