11
柴田勝家が、戦の準備を始めている。
秀吉様の再再の懇望を突っぱね、最早決意は揺らがないようだ。
秀吉様には悪いが、そうなるだろうと思っていた。
柴田勝家は、武骨で律儀な男だ。
その上、織田信長の妹であるお市様を妻に娶っている。
秀吉様が叶えようと成されている天下統一を認めようとしないのも無理は無い。
それぞれがそれぞれの信念を持って生きている。
いや、生きていこうと足掻いている。
秀吉様が天下統一したとて、その後の未来は。
その後の未来は……。
俺がどう足掻こうと、大きな流れは、変わらないかもしれない。
もしかしたら変わったとしてもまた元の未来に戻るのかもしれない。
この世界の未来がどうなるかなど誰にもわからない。
だが、俺は、あの世界で、彼女のいた世界で、信じようと誓った。
俺の大切な人達を。
最期まで信じようと誓った。
その為にここに戻ってきたのだ。
今までの人生ではじめて愛した人を残して。
溢れる涙を堪えながら笑っていた彼女を残して。
あの涙は、あの笑顔は。
今もこの胸を深く、打ち続けている。
「きーよーまーさー!」
声がする。
「おい、きーよーまーさー!」
うるさい。
「きーよー……」
「煩い、馬鹿!」
「何するんだよ!」
ペシリと頭を叩くと、大袈裟に反応する。
軽く叩いただけなのに、構われたことが嬉しいのだろう。
分かり易い。
「耳元で騒ぐな。
ちゃんと聞こえてる」
「何回も呼んだんだぜ。清正が答えねぇからだろ!」
「何の用だ?」
「へっ?」
「だから、俺の部屋に上がり込んだあげく、耳元で俺の名を連呼したと言うことは、それ相応の用があって呼んでたんだろ?」
「あーー……えーっと……」
急にうろたえている。
馬鹿正則。
特に用がなく呼んでいたのか。
「あ、あのさ。
俺らマブダチ、だよな?」
「は?
マブダチ?」
正則は、俺がまだ年端もない頃からずっと共に過ごしてきた。
昔馴染みをマブダチ、と言われれば、そうなるのか。
「まぁ、そうなるな」
「だよな!
だったら、俺に話してくれよ!」
「何を?」
「だからさ、俺らマブダチだろ!」
何が言いたいんだ。
「だから、何の話だ」
「女だよ!女」
「女?」
「最近様子がおかしいと思ってたら、好きな女がいるんだってな!
何で俺に言わねぇんだよ!
」
……。
おねね様だな。
正則が知っていると言うことは、秀吉様はもちろん、三成まで、話は伝わっているだろう。
悪気があるわけではないとは思うが、言う相手を少し考えて欲しかった。
「確かに好きな女はいるが、もう関係ない」
「どういうことだ?」
小さく速く動機が打ち始める。
苛々する。
「そういう事だ」
「だからどういうことだよ!」
「二度と会えないと言うことだ!」
無意識に声が大きくなる。
抑えていた衝動が弾そうになる。
「どんなに愛しても、どんなに願っても、どんなに触れたくても、二度と!」
触れたい。
抱きしめたい。
彼女の全てをこの身に閉じ込めたい。
溢れるような感情に押し潰されそうになる。
「死んだのか?」
「……そんなところだ」
「そっか……なんか悪ぃな」
「いや、もう気にしていない」
嘘をつくな。
彼女を想わない日はない。
いつも想っているではないか。
申し訳なさそうな表情をしている正則を見ていると、徐々に気持ちが落ち着いていく。
こいつに八つ当たりしてもしょうがない。
「あのさ……、元気、出せよ」
「ああ。
ありがとな」
そう返すと、パッと表情が明るくなり、別の話題を話し始める。
悪いやつではない。
おねね様がどのように話したかのかはわからないが、本当に心配していたのだろう。
真っ直ぐで分かり易い男だ。
萌もそうだった。
真っ直ぐで、直ぐ顔に感情が出て、分かり易かった。
感情が素直で、子供のように可愛らしい反面、冷静に物事を見て、行動していく大人の女性の部分もあり、そこがまた惹かれるところでもあった。
会いたい。
触れたい。
感情を抑え込んでいたはずなのに、こんなことで直ぐ現れてしまう。
忘れることなど出来やしない。
過去にする事など、到底出来ない。
彼女を呼び起こすことは、まるで甘美な監獄にいるようだ。
ひやりと冷たい秋風が頬を通り過ぎる。
秋風が少し冬の気配を連れてきている。
もうすぐ冬か。
季節は巡る。
「久しぶりに、素手で手合わせでもするか?」
「お!
やろうぜ、清正!」
正則は、『っしゃあ!やったるぜ!』と、小さな子供のように嬉しそうにはしゃぐ。
正則と対峙する。
拳を構える。
意識を集中し、目を閉じると、全ての世界は消える。
目を開くのと同時に、拳を打ち込んでくる。
愉しいのだろう。
正則が笑っている。
そうだな。
俺も愉しい。
気合いを発している声の間に、いつの間に入ってきたのか、おねね様の声がする。
『どっちもがんばれー!』とかなんとかかんとか。
どことなく声が嬉しそうだ。
そうだ。
俺は、この家を守らなくてはいけない。
どんな形でも。
例え、この世界に彼女がいなくても。
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