小説 | ナノ

04/


【時が動き出す】




例えば映画や漫画なんかのストーリー展開でよくある。
過去に戻って人生をやり直すなんてこと。
そういう人生の分岐点は誰にでも一度はあることなんだと思う。
選択するのは自分。
選択した人生を歩くのも自分。
その選択が正しいかどうかなんて今の時点ではわからない。
後悔するかもしれないし、そうでないかもしれない。



兎に角私は、選択した。
この道を。
不安はある。
怖さもある。
だけど、後は歩くだけ。
ゆっくりでも良い、でも、しっかり前を見据えて。
彼を目指して。
歩くだけ。




「おーい。
話、聞いてるかい?」




気がつくと、目の前で大きな掌が左右にぶんぶん振られていた。
はっと意識が戻ると同時に、苦笑した大殿の顔が目の前にあった。




「大丈夫かい?」




今度は心配そうな表情。
何してたんだっけ?
そうそう。
そう言えば、さっきまで大殿…毛利元就と、私の世界の話をしていたんだった。




「ごめんなさい。
少しぼーっとしてました」




『なるほど、ぼーっとね…』と呟いた元就は、再び苦笑している。



この屋敷での生活、無双の世界での生活が少しずつ慣れてきたせいもあって、最初の頃より、これからの事を真剣に考えれるようになった。
時折、ぼやっと考えこむことがあって、その度、元就や、隆景に突っ込まれる。




「最近よく、ぼーっとしているようだ。
何か気にかかることでもあるのかい?」




少し意地悪な微笑みを浮かべながら、問いかけてくる様子は、彼の優秀な息子を連想させる。
やっぱり親子だな、と思う。




「何でもないです。
本当に呆けてただけです」




『ふうん』と言葉を漏らした後、薄ら笑いを浮かべながらも、納得していない様子で、私を観察している気がする。
こういうところも親子で似てるなと思う。



清正の事を考えてました。
素直に言えるわけがない。



それは、私が望んでこの世界にきたことを説明しなければならない。
それは、私と清正が現代で出会い、そして別れるまでを彼に長く説明しなければならないのと同じことだ。




「ところで。
何の話でしたっけ?」




気まずい空気を追い払うかのようにパチン、と一度手をたたくと、細く垂れていた目を一瞬丸くした大殿は、『もういいよ』と言って、あからさまに膨れっ面をつくって目を反らせた。



あ。
怒ってる。
解りやすく。




「呆けていたのは謝りますから、機嫌直して下さい」




いい大人なんだけど、こう言うところ、少し可愛いと思ってしまう。
クスリと笑いを漏らしていると、膨れっ面の横目がチラリと私を見た。




「私の世界の話、何でも答えますから」

「何でも?」

「何でも聞いて下さい」




にこりと笑いかけると、膨れっ面がさっと真顔に変わった。




「じゃあ、聞くけど、君は一体何故この世界にきたの?」

「えっ?」

「君は、何故この世界に来たんだい?」




何故。
何故、この世界にきた?
質問がおかしい。



もしかして。
気づいていた?
多分、ずっと前から。



とまっていた時が緩やかに動き出す。
私をおいて。






***





青い空が続いている。
どこまでもどこまでも。
曇りのない、真っ青な空。
このまま、彼女の世界へ続いていればいい。
そうしたら今でも彼女と繋がっているような、そんな気持ちになり、とても安心する。
ふと、そう思った自分に気付き、自嘲気味に笑う。



視線を落とすとアメシストがきらきらと曇りなく光っている。
彼女の想いが今も俺の胸元で光っている。



何が安心だ。
もう二度と会えないとわかっているのに。
いつまでも……。
いつまでも、こうして手放せずにいる。



いや……きっと。
きっと俺は、手放したくないんだ。



あれから時が過ぎた今、会えないとわかっている今でさえ。
手放したくない。 
彼女という存在を。
萌という、存在を手放したくないのだ。



空へと木刀を打ち込む。
何度も何度も。
何度も。



もう何時間こうして打ち込んでいるだろう。
それでも彼女を考えてしまう。



汗が噴き出す。
動機が激しくなる。
手が痺れてくる。
息が乱れる。



それでも空へと木刀を打ち込む。
ただひたすら。
ただ我武者羅に。



普段は抑え込めている想いが時々溢れそうになる。
そうすると、掻きむしられるように胸が苦しくなる。
どこへともっていけないこの想いを空へとぶつける。




「清正!」




聞き覚えのある、高く、清らかな声が空へ響いた。
木刀を振る手を止め、ハッと振り返ると、おねね様が微笑んでいる。




「おねね様……!」




ここは、俺の部屋の前庭だ。
何故、おねね様が俺の部屋に?
そもそも、おねね様の気配を全く感じなかった。



驚きながらも、握りしめていた木刀をおろす。




「清正、ガンバってるね!偉い、偉い!」

「い、いえ…!
このくらい当然の事です」




おねね様が満開の笑みを向ける。
じわりと顔に熱がたまってくる。
どうやら俺は、おねね様のこの笑顔に弱いらしい。
昔からずっと、これは変わらない。




「鍛錬するのは良いことだけどね、いつもの清正とは少し違ってたね」

「…違っていた?」

「心ここに非ずって、感じだね?」




にこりと微笑んだおねね様は、俺に手拭いを差し出した。
『ありがとうございます』と受け取る。




「こころ…ですか?」

「何か別のことに気が向いているってことだよ!
闇雲に木刀振ってるだけじゃ、鍛錬にならないよ!清正」




見抜かれている。
やはりおねね様にはかなわない。



縁側に腰掛けたおねね様は、ぽんぽんと右隣を軽く叩いた。



これは、そこに座れと言うことなのか……?



おそるおそる右隣に腰掛けると、おねね様は満足そうに顔をほころばせた。




「何をそんなに悩んでるの?
あたしに話してごらん?」




『最近清正がおかしいって、正則も心配していたよ?』と、続けた言葉でおねね様が俺の部屋にきた理由がわかった気がした。
あの馬鹿が余計な事を吹き込んだらしい。




「……いえ。
ご心配にはおよびません」

「そうかい?」

「はい」




俺がはっきり言い切ると、『清正が大丈夫って言うなら良いんだけどさ……』と、おねね様は少し寂しそうな表情をした。



母のように優しく真っ直ぐなお方。
俺のことで気を揉ませるなど……勿体ないことだ。




「ところで、三成と吉継は無事に毛利へ着いたのでしょうか?」




二人が屋敷を後にして、時がたった。
そろそろ向こうへ着いている頃だ。




「無事に向こうへ着いたって、少し前に連絡があったよ!」

「そうですか……」




まぁ、三成に加えて吉継も同行しているのだ。
気に病む必要もないとは思うが……。
しかし、ここから長い距離だ。
道中何もないとも限らない。



秀吉様は、織田信長の仇討ちを果たし、織田信長の後継者としての地位を確立している。
然し、秀吉様が織田信長の次男織田信雄を織田当主としたことに対し、織田信長の三男織田信孝の後見人である柴田勝家が反発し、両者は対立している。
秀吉様は、なんとか戦を避ける方法を考え、柴田勝家に話し合いを求めていたが、思うようにはいかなかった。
戦は、避けられないだろう。
それ故に、毛利を味方につけ、西の守りを盤石なものにしたいという意図も含まれている。
秀吉様にとって今は、天下を決める大事な時期だ。
三成や吉継に何かあれば、不測の事態に陥りかねない。
世界は違うと言えども、彼女の世界で沢山の情報を得たせいか、不安になる。


小さく息を吐くと、刹那おねね様に頭をわしゃわしゃと撫でられた。




「お、おねね様!?
突然何を!」

「あははっ!
清正は、優しくていい子だね!」

「お、おやめ下さい!」

「あははっ!」




おねね様がこの青空のように晴々と笑っている。
この笑顔に触れていると、面映ゆい気持ちを感じながら、このように気を張り巡らせなければいけない時期でも、ほっと救われた気分になる。



そうだ。
彼女と居たときもそうだった。
その笑顔をみていると、春の柔らかな光を浴びた時のように心が穏やかになった。




「おや?
清正、その胸にしてる紫色の石……」

「これ……ですか?」




ネックレスのアメシストをそっと手に取り、徐に顔を寄せるおねね様に近付ける。




「深い紫色の綺麗な石だねぇ。
この辺じゃ見かけない石だけど、一体誰にもらったんだい?」




ニヤリとおねね様が意地悪そうに微笑んだ。



嫌な予感がする。



俺は、その後、おねね様の厳しくも優しい誘導尋問を一生懸命かわしながら、束の間の安らぎを感じていた。

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