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【慈しみたいもの】 トリップ十一日目


いつもの居酒屋、止まらない彼女の話を聞く。
一向にストップする気配のない会話に相づちをうちながらも時々意識を外す。
逐一、話をまともに聞いていたら、精神がもたないからだ。
『ちょっとお手洗いに行ってくるね』そう言って、席を外した彼女を見送ると、自然と安堵の溜め息が出た。
彼女と会話をすることは嫌ではないのだが、会社の愚痴や男の話、趣味の話、お洒落の話。
為になる話も多いけれど、女子特有の話は尽きることがなく、何となく疲れてしまう。



舞から電話がかかってきたのは、お昼頃の話。
清正と昼食を食べながら、今日は夜ご飯は何にしようかとのんびり話している最中だった。



話は簡潔だった。
ストレスが溜まったので、飲みに付き合ってくれ。
そう言う誘いだった。
言葉を返す前に、またメールすると言い残し、電話は切れた。
自由な彼女らしいお誘いだった。
清正もいることだし、どうしようかと悩んでいると、彼は『行ってこい』と笑顔で送り出してくれたので、私は今ここにいる。
簡単な料理を作りおきはしてきたが、家に一人でいる彼が少し心配だった。
一人で留守番をすることに対しての心配ではない。
私がいない間にもしも。
もしも、いなくなっていたら。
そう考えると、恐怖でしかない。
彼と離れることがこんなに不安に思ってしまうようになるなんて……。



この世界に来て、パソコンの使い方を学んだ清正。
何かあったら、パソコンからメールをするから心配いらないと、言っていたけど……。
今、メールをしてみようかな。



不安に刈られた私は、バックから携帯を取り出す。
ボタンを押そうとしていると、タイミングの悪いことに『お待たせ〜』と可愛らしい笑顔で舞が帰ってきた。
慌てて、携帯をバックにしまう。




「あれ?
連絡しないの?」

「えっ?」

「今、誰かに連絡しようとしてたんじゃないの?」

「ん、いや、別に……」




歯切れの悪い私に、『そう?』と少し首を傾げた彼女は、注文していたビールをくいっと飲んだ。



こう言うところの勘は鋭いんだよね、この人は。
でもそれ以上突っ込んでこない所がさばさばした彼女らしい。




「ところでさ、清正さんとはどうなってるの?」

「どうって?」

「まだ一緒に住んでるんでしょ?」




そう言って、舞は少し目を輝かせて私を見た。



来た……。
絶対に来ると思っていたこの話題。
すぐに聞かれると確信していたけど、会ってから小一時間程たっても話題が出ないのでおかしいとは思っていたが。
話題を振るタイミングを図っていたのかもしれない。




「どうもこうも、毎日慎ましやかに住んでますよ。
ただの従弟ですから」




なるべく冷静に言い切って、手前のビールを手に取り、ごくりと一口飲み干し、グラスを置くと、不意に舞と視線が合う。
先程のからかうような表情とは違う真剣な眼差しに、どきりと胸が跳ねた。




「……あのさ。
ただの従弟なのに、手を繋ぐの?」




手?
手を繋ぐ?




予想していなかった話に目を丸くする私を余所に彼女は言葉を続けた。




「ただの従弟なのに、どうして、ペアのネックレスなんか身に付けるの?」




手を繋ぐ。
ネックレス。



その事が私と清正のことを意味しているとすぐに理解できた。
けれど、何故舞が知っているのか。
少し考えて、この間遼くんに会ったことを思い出した。
きっと、彼から舞に話が伝わったのだろう。




「ねぇ?
可笑しくない?
ただの従弟なのに」




可笑しいよ。
普通に考えれば、可笑しいよ。
本当に、従弟だったら。




「ねえ、萌。
清正さん、ただの従弟じゃないんでしょ?
彼氏なら、彼氏って言えばいいじゃない。
どうして、嘘つくの?」




従弟でもない。
彼氏でもない。
だって、何て説明したらいいの?
私たちの関係。
分からないんだもん。




「何とか言ってよ。
萌」




何も言えない私に詰め寄る舞。
だけど、一つだけ彼女に言えることがある。
それは、清正が私の恋人ではないということ。
そして、この先も彼が私の恋人になることは絶対にあり得ないと言うこと。




「彼氏じゃないから」

「え?」

「清正は彼氏ではないから」

「だから、何でそんな嘘つくのよ!?」

「嘘はついてない!」

「ついてるじゃない!
本当は清正さんの事が好きなくせに!
どうして、素直に言わないの!?
ちょっと可笑しいよ、萌」




言いたいよ。
素直に好きだって。
だけど、言えないんだからしょうがないじゃない。
この世界の人間ではない人に……この先報われない恋をしてる私に、どうしろって言うのよ。




「萌がそうやって曖昧な態度をしてるそばで、傷付いてる人もいるんだよ!?
ハッキリしてよ!」




そう言い切った舞は、怒りに満ちた瞳で私を正視した。




「誰が傷付いてるの?
私は、誰を傷付けてるの?」




私がそう言うと、舞は口をつぐんで、それ以上何も言わなくなった。



暫く無言の時が過ぎる。



舞がここまで私に怒ることは珍しい。
それは、私が清正のことを彼女に言えないことに怒っているよりも、もっと違う何かに怒っているような気がする。
彼女が言った私が傷つけている人に何か関係があるのだろう。
だけど、今聞いてもきっと答えてくれそうにない。
彼女と同期入社して、もう五年。
お互いの性格はわかっているつもりだ。




「……私、そろそろ帰るね」




その言葉に反応はない。
彼女は私から顔を反らして、ビールを飲んでいた。




「これ、今日の代金。
ここに置いとくね。
それと……色々、ごめん。
話せるようになったら、ちゃんと舞に話すから。
本当にごめん」




席を立つ瞬間、舞は泣いていた。
無表情の顔に涙が流れている。



私は。
そんなに彼女を傷つけていたのだろうか。
そんなに。



胸を締め付けられる思いがして、席を離れた。
店の入り口に歩いていると、目頭が熱くなる。
入り口の扉に手をかけたとき、ポロリと頬に涙が流れる感覚がした。
それと同時にポロポロと涙がおちてくる。



涙を隠すように下を向きながら、扉を開き、外へ出ようとすると、誰かと半身がぶつかり、体がふらりとよろめく。
傾いた私の体は、どこからともなく伸びてきた手に腕を掴まれ、また体勢を立て直す。




「あっ……と。
ごめんなさい。
大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫……です」




チラリと目線を挙げると、目の前に見知った顔が現れる。




「遼くん……!」

「萌ちゃん?
……どうした?
何かあった……?」




きっと、この顔を見られて、泣いていることを不思議に思っているのだろう。
遼くんの表情から心配している様子が伺える。




「ちょっと、ね。
さっき、舞と言い合いになっちゃって……。
遼くんは?」

「俺は、舞に呼び出されたんだ。
これから飲もうって。
まさか萌ちゃんもいるとは思わなかったけど……」

「……そう。
たぶん今きっと、落ち込んでるかもしれないから。
舞のことをお願いします」

「萌ちゃんは大丈夫?」

「うん。
私は大丈夫!
舞についててあげて。
じゃ、またね」




泣いていた顔を覗き込まれて、気まずくなった私は、遼くんにそう言って、張り付けた笑顔を残し、扉を開く。



後ろ背でパタリ、と扉が閉まる音がして、一息つく。
空を見上げると、夜でも分かるくらいどんよりした雲が広がり、何となく、雨の匂いがした。



一雨来そう。



携帯から『これから帰ります』と、清正がいる家のパソコンにメールを送り、頬に手を伸ばす。
涙が乾いたことを確認した私は、足早に帰路を急いだ。





***




席に案内されると、項垂れて泣いている友人が視界に入る。
ふぅと溜め息を吐いた遼は、彼女の頭をコツンと軽く小突いた。
舞は、目に沢山涙を浮かべて、すがるような瞳で、彼を見た。




「……遼」

「ヒステリー。
何、泣いてるんだよ?」

「私。
萌に酷いこと言っちゃった。
どうしよう……」

「後悔するなら、初めから口出しするなよ」

「だって。
遼が萌の事は諦める、なんて言うから……」

「だけど、舞がこんな性格なのを知ってて、二人の事を話した俺の責任もあるよな。
仲良さそうな二人を見て、ひさしぶりに心が折れた気がして、少し……気弱になったのかもな」

「遼……」

「だけどさ、二人には責任ない訳だし、萌ちゃん達にあたるのはどうかと思うよ?」

「……そうだよね」

「まぁ、舞の気持ちは嬉しいけど……今はそっとしておいてくれよ」

「……うん、わかった」




少し元気そうに微笑んだ友人に安堵し、向かいの席につく。
パタリ、と扉が閉まり、見えなくなった萌の背中と苦しそうな笑顔を、遼は思い出していた。



無理して笑わなくてもいいのに。
清正さんの前では素直になれるのだろうか。



チクリと疼く胸に気付かないふりをして、彼は饒舌に話し出した友人の話をどこか余所事のように聞いていた。

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